06
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

追悼・川島隆志先生

追悼・川島隆志先生

                                   たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 “たんぽぽ”で子育てや教育に関わる様々なご相談を受けながら思うこと、それは、子どもにとって何が一番大きな幸せか、ということです。
 親の愛情に包まれて育つことはもちろんですが、学齢期の子どもにとって、生活の大部分を占めるのは学校、自分とフィーリングの合う先生に出会うことが、子どもの運命、幸せを左右する一大事ではないかと思いますね。
 ぼくは山奥の貧しい山村の、そのまた村一番の貧しい家庭に生い立ちました。親の愛情は十分にもらいましたが、寡黙でひ弱な性格、体力も乏しく、答を知っていても手を上げられないような子どもでした。あの頃は一クラス五十人以上もいましたし、ぼくのような子どもに声をかけてくれる先生は、小中学校を通じてひとりもいません。
 自分の将来を漠然と、兄さんや姉さんと同じように中学校を卒業したら大阪あたりへ働きに行く、やがて結核になって帰って来る、そんな風に考えていました。夢も希望もありません。
 でも、人生には本当に奇跡が起ることがありますね。
 中学三年の時、川島隆志先生という数学の先生が赴任して来られ、ぼくのクラスの担任になりました。貧しい家の子ども、勉強のできない子どもにも分け隔てなく声をかけ、肩を叩いてくれる先生でした。そういう先生に小中学校を通じて初めてぼくは出会いました。寡黙でひ弱、答を知っていても手も上げられないぼくは、川島先生に出会って奮い立ちました。苦手の数学が俄然大好きになり、後にも先にもこの一年だけ勉強がよくできる元気な少年になりました。
 川島先生はある日ぼくの家にやって来て、その頃家計を支えていたぼくの兄を説得し、隣村にある定時制高校に進学するお世話をしてくれました。それでぼくの運命が変わりました。
 毎年年賀状を出すだけの不肖の教え子でしたが、講演でいつも川島先生の話をするので、人づてにそれは先生にも伝わっていたと思います。半世紀続いたお年賀のやり取りが今年終わりました。でも、ぼくが先生を忘れることはありません。
 今年の大学入試センター試験の当日のニュースで、これで人生が決まりますから、という受験生の声が放送されていましたが、子どもの幸せや運命はテストの点数では決まりません。親も含めて、どんな大人と出会うか、それがすべてだと思います。
子ども達、若者達に素敵な奇跡を贈ることができる大人でありたい。川島先生から受け継いだ“たんぽぽ”の夢です。
スポンサーサイト

この命なにをあくせく

この命なにをあくせく

                                           たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 ぼくの仕事机の隅に、少し古びた小さなメモ用紙がセロテープで貼り付けてあります。十数年も昔の現役の頃、相次ぐ仕事上の難題を抱えたぼくを気遣って、親しい同僚がさりげなく書いてくれたものです。
  昨日またかくてありけり
  今日もまたかくてありなむ
  この命なにをあくせく
  明日をのみ思ひわづらふ
 これは、ご存知の方もおられると思いますが、島崎藤村の千曲川旅情の歌の一節。
 “たんぽぽ”には抜き差しならない、解決のしようのない悩みを抱えた皆様がたくさんご相談に来られます。ぼく自身も同じ、抜き差しならない悩みを背負って生きていますので、ほろほろと流される涙の味はよく分かります。
 信頼できる医療機関や相談窓口など、現実的な問題解決の手立てはもちろん考えますし、我が身に置き換えながら、あれこれ励ましの言葉も選びますが、こんなことをライフワークにして二十年、試行錯誤を繰り返しながら辿り着いた近頃のぼくの思いは、問題を解決することよりも、問題を理解することが大事だな、ということです。
 悩みや苦しみを一挙に清算することは難しい。しかし、悩みや苦しみを分かってくれる人が何処かにいれば、私達はそれを支えに生きていける。
 ぼくも、つらい時は同僚の書いてくれた古びたメモを読み直し、自分を支えてくれている人のお顔をいくつもいくつも思い浮かべ、自分は独りではないと言い聞かせて、明日を思いわずらわない勇気をいただいています。

書評の傑作

書評の傑作

                                             たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 素敵な生き方をしている人に出会う、素敵な生き方をしている人を探す、というのが、ぼくの人生の目的、楽しみ、希望、ぼくの人生のすべて、と言えますね。
 ぼくが本を読むのもそのためですね。素敵な生き方をしている人に出会える本を探すのを楽しみにしています。 
 ぼくが新聞でも雑誌でも、好んで書評を読むのもそのため。多くの新聞が、日曜日に見開き二ページの書評欄を設けています。これが日曜日のぼくの最大の楽しみですね。
 書評を読んで、これはどうしても読みたい、という本を見つけると、本屋さんに注文します。でもね、大抵、書評に騙されます。なかなかいい本には出会えません。
 書評を書く人は、たぶん原稿料をもらっています。だから、ちょっと本の内容を誉め過ぎることが多いのですね。ぼくもその手に乗らないように気を付けているのですが、それでも九割方騙されます。これはまあ、仕方のないことですね。素敵な人に出会うための手間賃です。
 さてさて、その新聞書評、三月十八日付けの高知新聞で、本ではなく書評そのものの傑作に出会いました。その文体、その内容に仰天。
 筆者は三省堂書店神保町本店店員という肩書きの新井見枝香さん。紹介されている本は、新潮社・一木けい著「1ミリの後悔もない、はずがない」。本のタイトルもなかなかのものですが、筆者の肩書き、作家でも大学教授でもないことにまず感動。そして、文体が破天荒、いや面白いのなんのって。この本を買う気は1ミリも起りませんでしたが、新井さんのことはもっと知りたいと思いました。
 これは書評の傑作、ぜひ皆様も三月十八日付け高知新聞、捨ててなかったらお読みください。古い新聞を捜して読んでみようという気になられた方は、今日からぼくの友達です。

詩よりも人生が大切だ

野いちごの場所で・39・詩よりも人生が大切だ

大 崎 博 澄


 月曜から金曜まで、ぼくは原則たんぽぽに詰めている。お客様や電話への応対、メールへの返信、講演台本の準備や原稿書き、あれこれの雑用などのたんぽぽの仕事に、もろもろの小さなアルバイトや病院通いなどの外出が加わる。休日は、買出しだ、炊事だ、掃除だ、洗濯だ、十四郎のトイレの始末だ、なかなか忙しい。ぼくは老いぼれだが人気絶頂のアイドルのように、息つく間もないスケジュールで暮らしている。
 そんなぼくの束の間の楽しみは、毎週日曜午後のテレビの囲碁の時間。もちろん、これとて最初から最後まで心静かに楽しめるような日は滅多に無いが、高段者の対局を見ていると、ほんのしばし、心が休まる。なんと、万年文学少年、ヒューマニズムの権化、哲学老人の大崎さんは、意外にも碁が唯一の道楽なのだ。
 ただし、ぜんぜん強くない。小学生の頃、おやじが碁を手ほどきしてくれた。実はおやじは将棋が強かった。昼日なか、仕事もせずに縁側で将棋ばかり指していておふくろを悲しませたひどい男だ。おやじはぼくに将棋を教えても、相手にならないから面白くないと思ったのだろう。そこで碁を教えた。ところが、おやじの碁は大変なザル碁。たちまちぼくはおやじより強くなった。もしかしたら天才棋士になれたかも知れないが、残念ながらおやじ以後の師匠に恵まれなかった。そのため、研究もしない、定石も知らない、ヤマ勘だけで打つただのザル碁打ちになった。
 中村市に住んでいた人生の前半は、昼休みに同僚と碁を打つ余裕があった。高知に戻って子育てと仕事に追われる後半生は息せき切って走り続ける日々で、今に至るまで碁石にさわったこともない。それでも、ひょっとして何かの間違いで、いつかのんびり暇な晩年が訪れることがあったなら、近くの碁会所をのぞいて見ようかな、というような夢はまだ見ている。自転車で買出しの行き帰り、碁会所の看板を見上げている。
 碁に関して、近頃少し心楽しくないニュースを聞く。人工知能・AIが人間より強くなったという話。中国や韓国、日本、世界のトップ棋士がみんなAIに負けているという。これはショック。囲碁ほど着手の選択肢が自由で広いゲームは無い。天才達の無限の想像力に機械がかなうわけがない、と信じていた。
 ところが、最近のAIは膨大な対局データを記憶して、そこから最善手を割り出すのでなく、自分で学習して人間には考え及ばない最善手を打つほど進化しているそうだ。天才達の深い読みやひらめきが、たかが機械にかなわない、というのは人間としてちょっと悲しい。
 AIはやがて、文学や芸術、想像力や創造力の世界まで人間を凌駕していくのだろうか。
 そういう説もあるようだ。しかし、ぼくはこの点に関しては、あまり悲観していない。
 それはね。碁は相手より一目多く領土を獲得すれば勝ち。将棋は先に相手の王様の首を取れば勝ち。そういう絶対のルールがある。文学や芸術の世界にはそういう約束事は無い。作品が大ベストセラーになる、有名美術館に収蔵される、そういう幸運はあるだろう。しかし、それは作品の優劣、作品の真価とはまったく関係が無い。世俗の一時的な評価に過ぎない。
 文学や芸術の世界には勝ち負け、優劣というルールは存在しない。人生も同じ。ぼくもその一人だが、人生にあえて敗北を求めて生きる、という生き方も許される。ルールの無い世界にAIがつけこむ余地は無いだろう。
 ぼくは中学生の頃から、オレはいつか詩人になる、ひとかどの文学者になる、そう信じて貧しく悲惨なおのれの境遇、劣等感に耐えていた。それから年を重ねるうちに、自分にはどうもたいした才能が無いらしい、ということにうすうす気付くようになった。
 さて、どうするか。どうやって折れそうな自分の心を支えるか。幼い頃から、我慢すること、耐えること、孤独であること、美味しい物は全部人に譲ること、それを当然とする生き方を強いられてきた人間には、挫折、というような甘味な人生の休息はない。ぼくは次なる人生の支えを造作もなく編み出した。
 それは「詩よりも人生が大切だ」というテーゼ。若い頃のぼくの文章には、この言葉がしばしば登場する。
 ぼくは二十歳前後から詩やエッセイを書き始めた。どこにも発表する場が無いので、小さな同人雑誌を自分で作り、友人知人やあこがれの人に送った。誰もが、大崎さんはエッセイがいいね、と言ってくれた。これは、誉め言葉ではなく暗に、詩は下手だね、という意味。ぼくもこれに異議がなかった。詩は下手、と自認し、おおいに吹聴していた。
 優れた詩を書くことよりも、人生を誠実に生きることの方が大切だ、という考え方は、詩人としての才能が乏しい自分を支えるためにぼくが捏ね上げた屁理屈だったかもしれない。
 しかし、あれから五十年を経た現在も、この考え方は一貫している。そういう自分を幸いに思う。文学的成功にはまるで縁が無かったけれど。人生の方も、外見的には惨憺たる敗北に終ったけれど。
 文学や芸術も、人生も、赫々たる名声や成功が最終目的ではない。宮沢賢治風に言うと、この世の片隅にひっそりと暮らす誰かにぽつりと、「あれはそうですね」と言ってもらえれば、それで十分。それに尽きる。ささやかな邂逅が一つ、二つあれば、それ以上は何も要らない。
 ぼくは優れた詩を書けなかったが、人生をこのうえなく拙劣に、そこそこ誠実に生きた。大きな悲しみも引き受けざるを得なかったが、一つ、二つ、奇跡のような邂逅、何物にも代えがたい不思議な幸せをいただいた。
 こういう世界が存在することを、AIは理解できるようになるだろうか。
 ならないだろうなー。でも、案外なるかも知れないなー。なにしろ彼らの人生観(?)は限りない進化なのだから。それは怖しいことではなく、祝福されるべきことだ。その時、AIとぼくは友達になれるのだから。

枕頭の宴

枕頭の宴

                   たんぽぽ教育研究所  大 崎 博 澄

 先年亡くなられた元高知大学の澤村榮一先生は、直接教えを受けたわけではありませんが、知人を介して、「人生に急ぐべきことは何もない」という、ぼくの人生の支えになる言葉を伝えてくれた恩師です。
酔っ払うと寂しくて人恋しくなる、というのがぼくの酒の悪い癖ですが、そういう時は、先生のお宅に電話すると何をおいてもほいほいと深夜の酒場まで駆けつけてくれる、本当に気さくでやさしい方でした。
 先生の晩年のある日、五台山の麓のご自宅に呼ばれました。奥様はご病気で施設に入所、先生も糖尿病で片脚切断、ホームヘルパーさんの応援をいただきながらの一人暮らし。広いダイニングキッチンの真ん中にベッドを置いて、その上に先生はあぐらをかいて座り、枕辺にぼくと、若い友人の北村剛くんが陣取りました。
かなり壮絶な宴会ですが、先生はいつもどおり快活そのもの、ぼく達はおおいに飲みかつ語り合いました。先生を囲む最後の晩餐。
 アイルランドの民族音楽を愛する北村くんは、アイリッシュフルートを持参していて、一曲吹いてくれました。心に染み透るやさしい音色を忘れることができません。
 北村くん率いるアイリッシュ音楽バンド、グレイグースとぼくの詩語りのジョイントコンサートは、この枕頭の宴がきっかけで始まりました。毎年、寒い寒い真冬が恒例です。魂に響くアイルランドの素朴な民族楽器の旋律とぼくの渾身の詩語りで、皆様の心を暖めようという魂胆です。
 今年は新年、1月14日、場所はいつもの比島の交通公園西隣の日立の電気屋さんの二階、カプリースサロンです。駐車場有り。少し心を暖めたい方、人生の一休みにどうぞおいでくださいね。ワインやコーヒーを用意してお待ちしています。

たんぽぽ教育研究所のサイト

こちらをクリック!
たんぽぽ教育研究所

最新記事

カテゴリ

リンク

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。