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幸せですか

幸せですか

                             たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 おおよそ三十年ほど昔、十ヶ月間ご一緒に仕事をしただけですが、物忘れのひどくなったぼくがその方をフルネームで鮮明に憶えています。なにしろ、何を頼んでも気持ちよく引き受けてくれて、手早くきれいに仕上げてくれて、抜群に字がお上手で、淡々としたお人柄、一緒に働くのにこんないい相方は滅多にいません。
 一度こんなことがありました。まだ、パソコンの普及してない時代、例によってなぐり書きのぼくの原稿の清書をお願いしたところ、きれいに仕上げて、一箇所だけ空白のまま、遠慮がちに聞いてくれたのです。この字はこれでいいですか。ぼくの原稿の誤字に気付いてくれたのですね。いやー、すごい。最大級に誉め讃え、感謝したことでした。
 先日久し振りに、おそらくこれが人生最後だと思いますが、ある所から新聞掲載原稿の依頼をいただきました。子どもの人権がテーマ。これはぼくの一番書きたいこと。願ってもないありがたいことです。
 ところが、もっと思いがけないことがありました。なんと、依頼してくれたのはその方が勤めている団体。上司と一緒にその方が“たんぽぽ”に挨拶に来てくれたのです。三十年ぶりの再会。
 コーヒーを淹れながら、ぼくは一番気になることをあっさりその方に聞いてしまいました。「今、幸せですか」。遠慮のかたまりのぼくですが、歳をとると横着になるものですね。
 花も嵐もあった三十年だと思いますが、「幸せです」、昔と同じ、淡々とした答が返って来ました。
 真面目に働くいい人が幸せであることは何より嬉しいこと。ぼくへの原稿依頼の発案者がその方であったという裏話も、この上なく嬉しいことでした。
 久し振りに、渾身の力をこめて原稿を書きました。不登校に苦しむ子ども達へのメッセージ。彼らが誰かに「幸せですか」と聞かれた時、さわやかに「幸せです」と答えてくれる世の中を創ること、“たんぽぽ”のはるかなる悲願です。
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小さなリンゴの木

小さなリンゴの木

                   たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄


 集合住宅に住んでいる。年寄りには用心がよくてご近所付き合いの気兼ねもないので気楽だが、庭が無いのが植物の好きなぼくには少し寂しい。狭いベランダは鉢植えでいっぱい。数年前、日曜市で買った小さな実のなるリンゴの木もある。毎年花は咲くが、なぜか実はならない。
 リンゴの木は南国高知ではあまり見かけないが、リンゴはぼくにとって格別の郷愁を誘う果実。
 子どもの頃、風邪をひいて学校を休むと、お母さんがリンゴを食べさせてくれた。遠足の時は、お弁当にリンゴを一つ添えてくれた。紅玉という今では店頭でほとんど見かけない、やや酸味の強いリンゴ。リンゴはお母さんのやさしい思い出と重なる。
 ベランダの小さなリンゴの木は、今年、異常とも思えるほどたくさん花を着けてくれた。すると、その花を探し当てて、小さなミツバチがやって来た。この街のど真ん中にも、ひそかに野生が息づいているのだなー、と思うと嬉しい。ミツバチは一匹だけだったが、何回も訪れてくれた。
 リンゴの花が散ると、その後にいくつか、小さな口をプンとふくらませたような青い玉が
着いている。ひょっとしたら、と思って毎日気を付けて見ていると、間違いなくほんの少しずつ青い玉がふくらんでいる。何度も数えてみた。全部で七つ。
 毎年花が咲くのに実がならなかったわけが分かった。今年はあの小さなミツバチさんが授粉してくれたのだ。
 秋、青い玉が無事に大きくなって色づいてくれたら、お母さんにお供えしよう。来年も沢山花が咲き、ミツバチさんが訪ねてくれるように、リンゴの木にお礼肥えをしてやろう。ぼくはこの頃、いい年をして、なぜかとても元気がいい。
 生きることの意味を探して、多くの若者達がさ迷っている。誰かに見つけてもらうことはできない。自分で見つけるしかないが、ぼくの経験では、案外身近なところで見つかるような気がする。コツは、小さなものを愛する。人の痛みに想いを寄せる。

追悼・川島隆志先生

追悼・川島隆志先生

                                   たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 “たんぽぽ”で子育てや教育に関わる様々なご相談を受けながら思うこと、それは、子どもにとって何が一番大きな幸せか、ということです。
 親の愛情に包まれて育つことはもちろんですが、学齢期の子どもにとって、生活の大部分を占めるのは学校、自分とフィーリングの合う先生に出会うことが、子どもの運命、幸せを左右する一大事ではないかと思いますね。
 ぼくは山奥の貧しい山村の、そのまた村一番の貧しい家庭に生い立ちました。親の愛情は十分にもらいましたが、寡黙でひ弱な性格、体力も乏しく、答を知っていても手を上げられないような子どもでした。あの頃は一クラス五十人以上もいましたし、ぼくのような子どもに声をかけてくれる先生は、小中学校を通じてひとりもいません。
 自分の将来を漠然と、兄さんや姉さんと同じように中学校を卒業したら大阪あたりへ働きに行く、やがて結核になって帰って来る、そんな風に考えていました。夢も希望もありません。
 でも、人生には本当に奇跡が起ることがありますね。
 中学三年の時、川島隆志先生という数学の先生が赴任して来られ、ぼくのクラスの担任になりました。貧しい家の子ども、勉強のできない子どもにも分け隔てなく声をかけ、肩を叩いてくれる先生でした。そういう先生に小中学校を通じて初めてぼくは出会いました。寡黙でひ弱、答を知っていても手も上げられないぼくは、川島先生に出会って奮い立ちました。苦手の数学が俄然大好きになり、後にも先にもこの一年だけ勉強がよくできる元気な少年になりました。
 川島先生はある日ぼくの家にやって来て、その頃家計を支えていたぼくの兄を説得し、隣村にある定時制高校に進学するお世話をしてくれました。それでぼくの運命が変わりました。
 毎年年賀状を出すだけの不肖の教え子でしたが、講演でいつも川島先生の話をするので、人づてにそれは先生にも伝わっていたと思います。半世紀続いたお年賀のやり取りが今年終わりました。でも、ぼくが先生を忘れることはありません。
 今年の大学入試センター試験の当日のニュースで、これで人生が決まりますから、という受験生の声が放送されていましたが、子どもの幸せや運命はテストの点数では決まりません。親も含めて、どんな大人と出会うか、それがすべてだと思います。
子ども達、若者達に素敵な奇跡を贈ることができる大人でありたい。川島先生から受け継いだ“たんぽぽ”の夢です。

この命なにをあくせく

この命なにをあくせく

                                           たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 ぼくの仕事机の隅に、少し古びた小さなメモ用紙がセロテープで貼り付けてあります。十数年も昔の現役の頃、相次ぐ仕事上の難題を抱えたぼくを気遣って、親しい同僚がさりげなく書いてくれたものです。
  昨日またかくてありけり
  今日もまたかくてありなむ
  この命なにをあくせく
  明日をのみ思ひわづらふ
 これは、ご存知の方もおられると思いますが、島崎藤村の千曲川旅情の歌の一節。
 “たんぽぽ”には抜き差しならない、解決のしようのない悩みを抱えた皆様がたくさんご相談に来られます。ぼく自身も同じ、抜き差しならない悩みを背負って生きていますので、ほろほろと流される涙の味はよく分かります。
 信頼できる医療機関や相談窓口など、現実的な問題解決の手立てはもちろん考えますし、我が身に置き換えながら、あれこれ励ましの言葉も選びますが、こんなことをライフワークにして二十年、試行錯誤を繰り返しながら辿り着いた近頃のぼくの思いは、問題を解決することよりも、問題を理解することが大事だな、ということです。
 悩みや苦しみを一挙に清算することは難しい。しかし、悩みや苦しみを分かってくれる人が何処かにいれば、私達はそれを支えに生きていける。
 ぼくも、つらい時は同僚の書いてくれた古びたメモを読み直し、自分を支えてくれている人のお顔をいくつもいくつも思い浮かべ、自分は独りではないと言い聞かせて、明日を思いわずらわない勇気をいただいています。

書評の傑作

書評の傑作

                                             たんぽぽ教育研究所 大 崎 博 澄

 素敵な生き方をしている人に出会う、素敵な生き方をしている人を探す、というのが、ぼくの人生の目的、楽しみ、希望、ぼくの人生のすべて、と言えますね。
 ぼくが本を読むのもそのためですね。素敵な生き方をしている人に出会える本を探すのを楽しみにしています。 
 ぼくが新聞でも雑誌でも、好んで書評を読むのもそのため。多くの新聞が、日曜日に見開き二ページの書評欄を設けています。これが日曜日のぼくの最大の楽しみですね。
 書評を読んで、これはどうしても読みたい、という本を見つけると、本屋さんに注文します。でもね、大抵、書評に騙されます。なかなかいい本には出会えません。
 書評を書く人は、たぶん原稿料をもらっています。だから、ちょっと本の内容を誉め過ぎることが多いのですね。ぼくもその手に乗らないように気を付けているのですが、それでも九割方騙されます。これはまあ、仕方のないことですね。素敵な人に出会うための手間賃です。
 さてさて、その新聞書評、三月十八日付けの高知新聞で、本ではなく書評そのものの傑作に出会いました。その文体、その内容に仰天。
 筆者は三省堂書店神保町本店店員という肩書きの新井見枝香さん。紹介されている本は、新潮社・一木けい著「1ミリの後悔もない、はずがない」。本のタイトルもなかなかのものですが、筆者の肩書き、作家でも大学教授でもないことにまず感動。そして、文体が破天荒、いや面白いのなんのって。この本を買う気は1ミリも起りませんでしたが、新井さんのことはもっと知りたいと思いました。
 これは書評の傑作、ぜひ皆様も三月十八日付け高知新聞、捨ててなかったらお読みください。古い新聞を捜して読んでみようという気になられた方は、今日からぼくの友達です。

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