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我が詩と人生

高知文学学校開講式・記念講演 2010.3.18 40分
  <わが詩と人生>

先人が守り育てくれた高知文学学校の門を叩かれた皆様にお喜び、荒野で友に会えた気持
高知はオリジナルのある文学者を輩出した風土
私は三流以下で終わった詩人でおこがましいが、人生の面ではかなりオリジナル
今日は、なぜ書くか、何を書くか、どのように書くか、について私の自分史を踏まえて
創作を目指される方、文学を楽しもうとされる方、文学学校で学ぶ目的は様々だと思うが、私流の文学作法にも、一つ二つ参考になることがあるかも知れない、あれば幸い

なぜ書くか・私の文学的出発点
  極端に貧しい生い立ち・劣等感にまみれた思春期、青年期
心が折れそうになる時代を支えたもの・いつか詩人になる、いつか革命家になる、という夢・オレは人とは違うんだ、という自覚
山奥の中学校にあった小さな図書室で蓄えた日本語力・理解にも説明にも役立つ
自分を励ますために書く・それがいつか誰かを励ますことがある・その喜びのために

何を書くか・二つのテーゼ
  作文が苦手だった文学少年・真実は恥ずかしくて書けなかった
夜間高校の教室で出会った一人の先生・真実だけが人の心を打つ・遅い文学開眼
① ひた隠しに隠していたい、恥ずかしい真実を書くことだけが人の心を打つ
② 詩よりも人生が大切だ・良い詩を書くことよりも人生を良く生きることが大切だ

どのように書くか
  内容・構成・文法・文学的余韻、文学的香気、すべてに完璧な文章にこだわる
  影響を受けた作家は三木清、吉野せい、西岡寿美子、手塚宗求、松下竜一
  ある時から、私は完璧主義から離れた、少しキズがあってもいいじゃないか
  手塚宗求「邂逅の山」・文章構成の微妙な崩れがもたらす感動に目覚め・文章上の不備、構成上の不備は文学の致命的欠陥ではない・その良い例が村上春樹
詩よりも人生が大切だという考え方の一種の具現化・ただし、完璧から少しキズありへのプロセスを辿ることには意味が・現代詩と現代美術の相似た運命
  思想が無いのを奇をてらうことでカバーする現代詩人・思想もデッサン力も無い現代美術作家の悲劇を追いかけるのは馬鹿げたこと
  文学賞・文学的成功よりも大切なものがある
    社会の問題に関心を持つ・社会的弱者の視点を忘れない・すると本当の勲章がやって来る・わが人生の収支決算・大きな不幸を背負ったのに私は幸福だよ
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土佐の教育改革・その敗北と曙光

開かれた学校づくり全国交流集会in東京 09.9.26 70分+質疑10分
 <土佐の教育改革・その敗北と曙光>

子ども達が、今この瞬間に喜びや楽しさを感じられているか、社会全体で子ども達の将来の幸せが真剣に考えられているか、そういう意味で、教育が大変困難な時代に、教育の改善に向けて、真摯なお取り組みをいただいている皆様に感謝
そういう皆様の集りの場で、私のやって来たこと、やろうとしたことの総括の機会をいただいたことに感謝
特に、東京大学の浦野東洋一先生には、永年に渡って土佐の教育改革を暖かく見守り、ご支援をいただいたことに感謝

今日は、
① 土佐の教育改革とはどういうものか、
② それはなぜ、うまくいかなかったか、
③ それを踏まえて、どうすればこの国の教育は、子ども達の現在及び将来の幸せに結び付くものになるのか、
およそ、そんなことをお話できればと思う
私流の総括を通じて、今後、この国の教育を、本当に子ども達を大切にするものに変えて行くために、皆様と連帯する「よすが」が見つかれば、とても嬉しい

①土佐の教育改革とはどういうものか
・改革の理念――子ども達が主人公・教育の場では、子ども達が主人公である事は当たり前のようで、実は全然当たり前ではない・子ども達は被支配者・その意味で革命的な理念

・改革の方法論――開かれた学校づくり、授業評価を中心とした授業改善、教育を支える県民運動の構築、およそこの三つ・さらに、行政・学校・地域を結ぶコーディネート活動をする専任教員「地域教育指主事」を全ての市町村に配置・こうした方法論の構築には私は関与していないが、教育行政や教員だけでなく、子ども達、地域住民や保護者、県民を巻き込んで、学校経営の改善、授業の改善、社会の教育力の向上を進めようという、すぐれて民主的な、これも革命的と言ってよい考え方

このように、土佐の教育改革は、子ども達の視点に立つ、市民の参加と共同によって事を進める、といった点で、非常にリベラルな、理想主義的とも言える異色の教育改革だった
ここから先の取り組みは、その理念を実現したいと心底思った大崎のオリジナルである

・教育行政の自己改革――このすぐれた方法論が現場で十分に理解されてないのはなぜか現場と行政の信頼関係に大きな壁がある・その回復が急務・そのため採用・登用・異動など人事の透明性の確立が必要・教育行政が抱えている因襲の払拭・全国どこにもある大分県的な体質(人事の不透明)の払拭が必要・圧力や誘惑は無数にあり極めて困難な課題

・教育政策の体系化――ある日気づいた・同じ趣旨の質問に対する議会答弁の背骨となる考え方が少しずつずれている・教育をよくするためのアイデアはたくさん提案され、一部は成功もしてきたが、その背骨となる「思想・考え方」は意外にも全く整理されていない・教育行政の中枢にそういう意識が存在しない・教育の場を子ども達にとって楽しいもの、喜ばしいものに変えて行くためには、例えば学力対策のアイデアよりも、その背景にある「思想・考え方」を確立することの方が大切ではないか・個別の教育課題に対する問題対処型の対策をたくさん見てきて、私はそう考えた

②土佐の教育改革は、なぜうまくいかなかったか
こうした改革の方向性は、教育の本質に迫るものをとらえていると思うが、突然変異的な浸透や成功はあっても、教育界全体のものにはならなかった・その理由を二つの側面から見てみたい

教育制度の枠の中の問題
・教育行政に関しては、理論的指導力や政策形成力がきわめて弱い
・教育現場に関しては、あれもこれもやらされて飽和状態・当初は行政から現場への伝え方が悪いと考えていたが、それだけでなく、現場はヒトもカネも、教育政策を実現することができる条件を、もともと与えられていない・だから突然変異的な成功はあっても、それは偶然の産物でモデルにならない・現場の英雄的な努力に頼る改革ではダメ
・教育行政と現場の信頼関係の不存在・これは双方に問題・個人的な努力では修復不可能
・その結果、行き当たりばったり・責任者不在の教育行政が漫然と継続されている

教育制度の枠の外の問題
・21世紀という時代に対する認識の欠如・そこに由来する教育観の分裂・21世紀は経済の枠組みやコミュニティ、既成のモラルや価値観の崩壊の時代・そういう認識が共有できれば、そういう時代を生き抜くために必要な力とは何かが明確になり、不毛な学力論争などしなくて済む・共通する教育目標の設定が可能になる・しかし、認識の共有はできなかった・それを抜きにした教育改革は虚構に過ぎない
・崩壊の時代の結果としての教育環境全体の悪化・環境破壊は遊び場を奪う・経済の破綻は家庭の教育力の崩壊に・コミュニティやモラルの崩壊は地域社会の教育力を根こそぎに

③では、どうすれば教育はよい方向へ向かうか
教育制度の枠の内外の問題を点検してみると、おそらく全国共通・うまくいかなかった要因の重さを考えると、情況は絶望的・しかし、絶望の中に希望を見出すのが、私達の責任

教育制度の枠の中の問題をどうするか
・当初、私は、土佐の教育改革の二つの方法論が突破口を開く、と考えた
・授業の改善に取り組む事、子ども達によい授業を提供する事で、教育課題の解決を可能にすること以上に、教師が人間として成長する、そのことに大きな意味がある
・学校を開くことで、現場は教育の責任を、家庭や地域社会の分まで何もかも引き受けざるを得ない状態から解放される・家庭や地域の教育に対する関心も高まる
ちなみに、私は学校を開く、参加と共同の学校づくりということを、こう考えている
学校を開くとは、生徒・教職員・保護者・地域住民が協力して教育課題を解決するにはどうしたらよいかを考えるプロセスを確立すること・解決できなくてもよい・教育課題を親や教師個人の責任、学校の責任から解放することで、本質的な解決に至る展望が開かれやすい・学校が開かれることで閉鎖社会が持つ悪弊が緩和される・教育は社会全体の責任という考え方が育つ機会も訪れる・楽しく遊べる、楽しく学べる学校づくりへの道が開ける
・また、任期の終盤に至って、教育政策の体系的な整理、三つの経営改善ということに辿り着いた・それは、授業の改善つまり教科経営の改善、学校を開くつまり学校経営の改善に加えて、学級経営の改善、この三つの改善が教育政策を考える思想、背骨・学級経営の改善を加えたのは、不登校やイジメという深刻な教育課題に対処する対症療法はあっても、原則的な考え方、思想が無いことが直接の動機
・こう整理した時、ある発見をした・どの改善を追究していっても、同じ頂上に至る・授業の改善に取り組むと不登校がなくなる(泉野小の例)・学級経営を改善すると学力は向上する・これを私は、教育政策の体系化と呼ぶ
・教育行政の理論的指導力や政策形成力の弱さ、行政と現場の信頼関係の弱さといった問題は、こうした方向からの改善努力で克服できる

教育制度の枠の外の問題をどうするか
・21世紀という時代に対する認識の共有とか、教育環境全体の悪化とか、そういった問題は一市民、一教育公務員の手には負えないが、ここでも、私たちがどういう「考え方」に立つか、ということには大きな意味がある
・産業構造や経済の枠組みを改める、ひとりひとりの人間を大切にする方向に改める必要がある・人間を大切にしない、派遣社員のクビを切ることで成り立つ産業や経済は間違っている・工業製品を売るために国民の食糧安全保障を犠牲にし、平気で農業を潰すような国は遠からず滅亡する・私たちはもっと貧しくてよい
・不当な格差や差別を容認する社会では、子ども達は現在も将来も幸せになれない・もっと貧しくてよいから、みんなが等しく貧しくあるべき・そういう社会の方が、子ども達は生き生きと育つことができる・目標や生きることの意味を見つけやすい
・教育の責任は、家庭・学校・地域社会が等しく背負う・等しく背負うことで、各々が持つ弱さを補い合う・助け合って生きることが当たり前の社会が教育環境として理想
・こうしたことを誰が仕掛けて行くか、学校の責任ではないが、仕掛け人は学校しかない・仕掛ける方法は学校を開くことしかない・人間は助け合って生きる社会的動物なのに、助け合うコミュニティは経済成長政策のもとで壊滅状態・学校を核にした新たなコミュニティが構想できないか・究極の開かれた学校(奈路小の例)ができれば、未来は暗くない・教育制度の枠の外の問題をどうするかを考える時、私はこういう考え方に立っている

④土佐の教育改革の総括をする中で、私はいくつかの思想・考え方を持つに至った・最後にそれをまとめておきたい
(1)教育はアイデアではない、原理原則が大事(当時の宮地高知県教育委員長の言葉)
  アイデアは巷に溢れている・しかしアイデアで問題は解決しない・問題を解決に導くのは原理原則・しかし原理原則が語られることは少ない・それこそ今必要ではないか
(2)教育課題の解決は、対症療法の積み重ねでは不可能、根本的、全面的な教育政策として考えられるべき・(学力と不登校の相関の実例)
(3)繰り返しになるが、教育は社会全体で責任を負うべきもの・教育制度の枠の中だけで教育課題の解決はできない・社会の教育力の衰退が教育課題の山積、解決困難の原因・不当な格差や差別を容認しない社会でこそ、子ども達は健やかに育ち、社会を支える大人になれる・この国全体が、教育の責任を家庭・学校・教育制度に矮小化している
(4)では、社会の教育力の再生はどうしたら可能か・社会の実態はコミュニティ・そこに住んでいる人々の心のつながり・コミュニティの再生が社会の教育力を再生するカギ

今日、お話できることはここまで・やや場違いなお話になったことと思う・私はいつも場違いな存在だった
昔、四国山脈の山懐の谷間の貧しい農村に寡黙な少年がいた・彼は、オレはいつか詩人になる、オレはいつか革命家になる、オレはヒトとは違うんだ、と自分に言い聞かせて、孤独と劣等感に耐えていた・彼は老いて三流の詩人となり、今、市民の小さな意思を繋ぎ合わせるゆるやかなネットワークづくり、それによって社会をもう少し子ども達を大切にするものに変える、そういう静かな革命に情熱を燃やしている
人々の心のつながりの脈打つコミュニティは、工業製品を海外へ売るため、という意図的な産業構造の改変によって滅亡した・だから産業構造は、私たちがもう少し貧しくてもよいと意図すれば、再度の改変ができ、コミュニティの回復は可能・そのための方法論もある・お聞きになりたい方は高知へ・たんぽぽ教育研究所へいらっしゃい、歓迎します
 皆様との、一期一会に感謝!!

生きづらい子ども達をどう支えるか(要旨)

江の口養護学校校内研修会 2010.7.20 10:00~12:00 
講演60分+質疑60分
  <生きづらい子ども達をどうささえるか>
お招きへの感謝・日ごろの皆様の生徒さん達への温かいご支援に敬意・このようなテーマで学習会を開かれることにも敬意・大変重要なテーマ・カウンセラーでも研究者でもない私は講師として適任でないかも知れない・二人の生きづらい子どもを育てた親としての20年あまりの経験・さまざまな悩みを抱える親・子ども・先生方から直接、教育相談を受けて来たこの10年あまりの経験・そこから辿り着いた私の考え方をお話したい・私の話の中に、一つか二つのヒント、あるいは皆様の人生を少し豊かにするものがあれば幸い

現代は歴史上かつてない、大人も子どもも生きづらい時代
  子ども達の不登校・蔓延するイジメ・教師や社会人のうつ病や心身症の増加
  若者のひきこもり・出社拒否・突然の反社会的行動・多数の自殺者
  子どもを虐待する保護者・モンスターペアレントの出現
その規模の大きさ・その深刻さ・その原因と対策の展望の無さは、危機的
  
この生きづらさを生んだ原因は、どこにあるか・この生きづらい子ども達にどう向き合うべきか・誰も正確には答えられない・最善の対応マニュアルは存在しない・そもそもマニュアルで対応できるような問題でない・それを前提に、私達はどうすればよいか・何ができるか・私の経験からの仮説をお話したい

我家のケースから
  我が子は、イジメ・不登校・ひきこもり・家庭内暴力・精神障害という最悪の経過
  第二子を巻き添えにするという二重の悲劇
  親は我が子を理解しているつもり、気持に寄り添っているつもり、愛しているつもり
  親は子どものことを何一つ分かっていない・そのことをまず認識すべき
  学校の理解のなさ・公的な相談支援機関の貧困・精神医療の無知
  教師も行政窓口も精神科医も何もできない・そのことも念頭に置くべき
  支えてくれるものは何処にも無い・親の会のピア・カウンセリングが唯一の頼り

教育の仕事の中で直接・数多く受けた相談の経験から
  親も子も孤立無援、不安、どうしたらよいか分からない状態で戸惑い、混乱
  偏見を持たないで、じっくり話をお聴きすることが第一
あなた方は孤立無援ではない、そのことを誠意を持って伝えることが第二
  学習の遅れなどの不安感を除いてあげる・すぐ取り戻せると伝えることが第三
  専門家の支援が必要なケース、学校で対応すべきケースの一定のさび分けは必要
  前者は、信頼できるカウンセラーや医療機関への丁寧な引き継ぎや紹介
  後者は、個人でなく、学校全体で引き受ける共通認識を持つ事が必要

生きづらい子ども達をどう支えるか
まず、「生きづらい」をどうとらえるか、が重要な問題
  「生きづらい」は悪い事ではない
       本人がそのために苦しんでいるなら辛い事だが、生きづらいのは、生物として
の当然の自己防衛反応・生きづらいが故に見つかる幸福もある
「生きづらい」は本人の責任ではない、人格的欠点でもない
     生きづらさを生み出しているのは、格差、差別を容認している現代社会
     生きづらさは、そのために生じる社会現象
私は人付き合いが下手、気が弱い、スポーツが苦手、腕力が弱い、そのために
いつも損をしている・しかし、私はそんな人が好き、そういう人に悪人はいない
「生きづらい」は保護者や家庭の責任ではない
  しばしば誤解され非難されるが、生きづらいのは、親の育て方が原因ではない
  生きづらさを生み出しているのは現代社会の不条理     
「生きづらい」を治す、という考え方に立たない
  不登校を治す、心や体を鍛える、気弱な性格を直す、という考え方に立たない
  そういう考え方が多くの子ども達を苦しめ、問題の解決を遅らせて来た要因
  生きづらさは、本人の気持ちの持ち方では治せない
  本人を治すのでなく、生きづらいタイプの人が生きづらい状況を作り出している
現代社会の不条理を直す、という考え方に立つ
  どんな強い人でも、病気になれば失業すれば高齢になれば、生きづらい人になる

「生きづらい」子ども達にどう向き合うか
  最善の対応マニュアルやノウハウは無い・問われるのは、私の、あなたの生き方
どう向き合うかを教えることはできない・自分で試行錯誤しながら辿り着くしかない
どう対応するか・教育の基本に立ち返って考えることがすべて
例えば不登校・本人を変えて、学校に行けるようにすることが問題解決ではない
本人の中に主体性が育まれるような支援をして、本人が一人で旅立つことが問題解決
そういう前提に立って私の個人的な考え方
① 信頼関係を築く
  親子の信頼関係・家族以外の人との信頼関係、誰かとの信頼関係があれば大丈夫
  共感して聴く・全てを受け容れる・興味関心の共通項を作る・一緒に遊ぶ・自ら
 歩み寄る・対等の人間として付き合う・心の扉を開くのは相手ではなく自分
 中学時代の担任との人間関係がよい不登校の子供は、高校中退が少ないという
データ(高知市教育研究所 小西豊先生)
② 良い生活リズムを身に着ける・村上春樹の小説
  人類の歴史の99%の時間は原始時代
体内時計に沿った生活リズムが心や体を安定させる
    自然の中で五感を研ぎ澄ます遊びが活力を生む・勉強よりも遊びの中身が大事
    家庭の中で役割を持つ・家事炊事を受け持つ・家事ができる子は自立しやすい
身辺の些細なことに喜びを見つけ出す感性が育つと、回復に向かう
それは、人生の孤独やピンチに耐える力にもなる
    生活リズムは幼児期がポイント・家庭の責任
③ 自尊感情・有用感・自己肯定感・主体性を育む・現代社会の最大の教育課題
    野口克海先生の体験談・折角入学できた高校を退学していった教え子たち
    自尊感情が育つのを阻害してきたこれまでの学校教育
自尊感情・有用感・自己肯定感はどうしたら育てられるか・これも模範解答は無
私のケース
  極貧の家庭に生まれ、劣等感にまみれた思春期・なぜ心は折れなかったか
  時代背景の違い・経済的格差の拡大が心のつながりを破壊する
他者に評価される→自分で評価する・そこまで進めば一生心は折れない
    家庭生活の中で
      発展途上国の子ども達の眼の輝き・家族の生活を支えているという自負
家事炊事で何かの役割を受け持つ・家事が出来る子どもは一人で旅立てる
家庭の中に居場所がある・保護者との信頼関係
    教育の場で
「思考の整理学」・現代の教育の課題・「教える」から「学ぶ」への転換
教える・管理する・言う事をきく生徒が良い生徒という教育観を放棄する
全ての子どもの情況を教職員が共通認識する
三つの経営改善のどれかに取り組めば学校は子ども達を幸せにできる場に
教科経営の改善・良い授業の三要素 <参加する・助け合う・発見する>
      学級経営の改善・迷える一頭の子羊を見捨てない価値観・ピアの中で育つ
      学校経営の改善・皆で悩むプロセスを学校経営の中に取り込む
      三つ全部やらなくてよい・どれか一つを徹底すれば、すべての道はローマに
    地域で育てる
      子どもは本来、コミュニティの中で、大人の背中を見て育つもの
      人間は社会的動物・社会で育つと社会を支える・育てられないと反逆する
      背中を見せられない大人達・地域社会の教育力の崩壊が最大の教育の危機
現代社会の中で、何か人類にとって決定的に重要なものが崩壊しつつある
心のつながりのあるコミュニティの再構築のために、立ち上がろう

たんぽぽ野原No.1  追憶、という幸福の形

 <追憶、という幸福の形>

                        たんぽぽ教育研究所・大崎博澄

 神谷中学校の先生が、道徳の授業に使う教材を送ってくれました。不慮の事故で亡くなった若い友人の事故現場に、人知れず花をささげてくれる少女がいたというお話です。
 楽しかるべき青春時代を失った友達のことを哀れと思っていたけれど、その友達とのささやかな出会いを忘れないでいてくれる人がほかにもいた、そのことを大きな救いと感じる筆者に、ぼくも深く共感しました。
 ぼくは、精神障害者として生きる自分の息子のことを思いました。ぼくもそろそろ老境に入ります。いつまで彼の支えになれるか分かりません。彼はこれから、天涯孤独、独りで生き、独りで死んでいかなければならない。これはなかなかつらいことです。
 でも、もっとつらいのは、彼がこの世に生きたことを、思い出してくれる人が誰もいないだろうということです。
 ぼくは死後の生、あの世というものがあるかどうかを知りませんが、もしあるとすれば、それは人々の追憶の中だろうと思っています。
 折に触れて誰かに追憶してもらえる、そういう幸福の形もありはしないか、と思うのです。
 ぼくはかなり辛抱強い部類の人間だと思いますが、次々と家族を襲う不幸に、なぜ自分だけが、と思うこともなくはありません。そのために眠れない時もあります。でも、誰かの記憶の中に、自分の姿が温かい思い出として残ることがあれば、それはどんな不幸をも補ってあまりある幸福だと思います。
 自分のため、我が子のため、ということだけでなく、様々なハンディキャップを背負って生きている方々のために、そういうお手伝いをしていきたいと思っています。 

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