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子ども達が教育の危機の時代を生きる時、私達は何ができるか

<講演>・斉藤裕子先生のすごみ
  ――子どもたちが教育の危機の時代を生きる時,私達は何ができるか――

                    大崎博澄  高知・たんぽぽ教育研究所
                        (編集/牛山尚也)
2012.11.10 斉藤裕子さんの授業をまるごと学ぶ会(豊橋)

 ●段取りがくるってしまいました
 高知から来ました大崎と申します。不登校の子どもさんや発達障害・精神障害・引きこもりの青年の支援をする 「たんぽぽ教育研究所」を主宰しています。
 お嬢さんの萌木さんからハガキで,「斉藤先生の授業をみる会」のご案内をいただいて,何とかいけそうな日程が昨日今日でした。でも,昨日は病気の子どもの通院に付き添う日に当たっていて,斉藤先生の授業が見られなかったのが本当に残念、申し訳なかったんですが,今日は朝一番の列車に乗って、はるばるなんとか間に合いました。
 「お話を‥‥」と岡林先生から言われていましたので,そのつもりで準備をですね‥‥,ボクは入念に準備をしないとお話ができないので(笑),入念に準備をして,それから今日は新幹線の中で3回ぐらいシミュレーションもして来たんですが(笑),3人の先生のお話を聞いていて,「とてもこんなレベルのお話は,ボクはようせんなぁ」と、ちょっとショックを受けまして,ボクのお話の段取りが全然狂ってしまいました(笑)。というほど,河野先生・岡林先生・上高原先生のお話がそれぞれすばらしかったですね。

 ●切り崩されてしまった「人々の心のきずな」
 「たんぽぽ教育研究所」は私設・ボランティアの相談所・居場所なのですが,年間におおよそ500~600人以上の皆さんが訪ねてくれます。その8割がたが不登校ですね。それから,障害や引きこもり、いじめ、体罰などのご相談です。
 21世紀という時代は「新自由主義」という,耳ざわりはいいんですけど,社会的に弱い立場にある人の自由を強い者がとことん抑圧する自由が横行する,そういう,子ども達の健やかな成長にとってはものすごく危険な時代だと思います。それが「たんぽぽ」のような名もない相談所に,たくさんの子どもたちや大人たちが悩みを抱えてやってくる原因だろうとボクは思っています。
 「新自由主義」がなぜいけないかというと,悪いことをしようが何をしようが,モラルもルールも無しで、力の強い者が勝ち、という考え方だからです。だから,ものすごく過酷な競争が世の中全体で行われている。その結果,経済的な格差も広がって,生活が破壊されるような子ども達が日本国中でたくさん生まれている。
 じつはボクは,「貧乏というものは,子どもたちに致命傷は与えない」と思うんですね。ボク自身がその実例ですね。ボクは生活保護家庭に育ちました。ボクの少年時代、これはなかなかすさまじい暮らしなんですけど,ただそのことによって自分が生きる上で致命的な傷を負ったとは思わない。むしろ,「貧しさはボクの生きる力になった」とさえ思うんです。
 ところが,今の経済格差の拡大や子ども達の生活環境の破壊は,別の意味の致命傷を子ども達に与えつつあると思うんですね。
 学校に行けないままに家に引きこもって,30代後半になって,まったく生きることの意味も希望もつかめないままで,じつはボクの子どももそういう生活をしているんですが,ボクの子どもだけではなくて,そういう人が今たくさんいます。増えています。
 そこから見えてくる,<経済的な格差がもたらした,子どもたちが育つ上での非常に大きな弊害>は,<人々の心のきずな>を壊してしまったということですね。これは子ども達の致命傷になります。
 最近はブータンがもてはやされていますけど,ブータンは小規模の農業が基幹産業の国だから,<人々の心のきずな>というものが自然に、否応なく成立する産業構造になっているんですね。これは,1950年代以前の日本も同じだったんです。
 ボクが生まれたころ,あるいはボクが小学生だったころのボクの古里では,みんなが、ほぼ等しく貧乏だったので,人々はごく自然に助け合って、支え合って生活したんですね。子育ても助け合ってしていたんですね。
 大崎さんが大崎さんの家の子どもだけの面倒をみるんじゃなくて,山本さんの家の子どもの面倒も,斉藤さんの家の子どもの面倒もみる。こういう育ち方をボクはしたんですね。ご近所のおじさん・おばさんに,ボクがもともと非常に心の優しいいい子だったということもあるんですけど(笑),ものすごくかわいがってもらいました。そのおかげで,ボクは貧しいけれど心は健やかに育つことができたと思うんです。
 しかし,現在はこの心のきずなが途切れてしまって,子ども達はそういう育ち方ができないような時代に突入してしまったというふうにボクは思います。

 ●教育の責任が学校に丸投げされている
 地域社会が子どもを育てられなくなった結果,どういうことが起こったかというと,<教育の責任が学校に丸投げされてしまっている>と思うんですね。
 教育の責任が学校に丸投げされてしまうと,何が起こるか。学校は子ども達を育てることよりも、管理する、言うことを聞かせる、おりこうさんを作ることに熱心になります。世間から非難されないために。
 愛知県のことは知りませんが,たんぽぽに持ち込まれる実例をいくつか言いますと,たとえばこの教室のイスが,帰るときにきちんとこの机の下に収まっているかどうか,角度がちょっとでもずれていたり,斜めになっていたりすると,徹底的に先生がご指導になる。その結果,ある子どもはそれに対応できるから,それほど大きな被害は受けないんですけど,ある子どもはそれに対応できないから,理由なく先生に毎日毎日同じことで叱られる。当然,その先生が嫌いになる。学校に行くのがイヤになるという構図が出来上がりますね。
 それから,今度は学校へ行けなくなった時にどうなるかというと,親は当然最初に学校に相談します。これも実話ですけど,「うちの子どもが自分の部屋に閉じこもって,カギをかけています」という相談を学校にしたら,「ああ,おかあさん,大丈夫ですよ。私が行って,カギをぶちこわして連れて来ます」と,こう言われたというんですね。お母さんは狼狽して,ボクのところに電話して来ました。そんな信じられないようなことが平気で行われているんですね。
 実は,この話はそれだけで終わらない。泣き叫ぶ子どもを無理やり学校に連れて来た先生は,今度は学校でカギのかかる部屋へその子どもさんを放り込んで,何時間も泣かせっぱなしにしておくという,本当に信じられないようなことが行われている。
 これ,ボクは学校だけを責めるつもりは全然ないんですね。何か事が起こると,全部学校が批判の矢面に立たされる。だから,学校は過剰に子どもたちを管理して,<一糸乱れぬ生活を子ども達にしてもらわないともたない>という状況に追い込まれているので,そこで徹底的に子どもを管理するようになってしまったと思います。
 子ども達がそういう非常に大きな犠牲を払って育たないといけないのが,残念ながら21世紀というつらい時代ですね。

 ●戦友斉藤裕子のすごみ(・・・)
 斉藤先生にボクが学んだものは,こういう最悪の教育環境──家庭が子どもを育てる力も,社会が子どもを育てる力もほぼ崩壊状態になって,学校だけに教育の責任が丸投げされて,その結果,学校はほとんど刑務所や軍隊と同じように子どもたちを右へならえで管理する場所に変わってしまった。
 こういう最悪の教育環境の中で,教師にできることは何かあるのか。「この絶体絶命の問いに答えを出されたのが斉藤先生だ」というふうにボクは思っています。これは,今3人の先生方がお話をしてくださったことに尽きると思いますね。
 ボクは現職のころ教育委員会にいたんですけど,その時に取り組んだ「土佐の教育改革」の掲げたメインテーマの取組みが「授業を改善していこうではないか」という運動でした。これ,膨大なおカネと時間をかけてやったんですが,結果的には全面的に失敗に終わったですね。成功した例はほとんどなかった。なぜ成功しなかったか。
 ボクは10年前,仮説の40周年の会のときに豊橋で,斉藤先生の授業を一度見ていたんですね。でもそのころは,ボクはまだ「良い授業とはどういう授業か」ということがわかってなかったと思います。ボクが「良い授業とはどういう授業か」ということに理論的に確信が持てるようになったのは,本当にこの2~3年のことだと思いますね。
 にこやかな表情の元気な先生が教壇から下りてきて,子どもたちの机の間を回って,大きな声で分りやすく説明をして,的確に質問を投げかけて,子どもたちが元気よく答えて,一連の授業が筋書きどおりに運んで,めでたしめでたし──こういう授業が良い授業だと,おそらくこれは校長先生から保護者から,日本国の政治家までみんなそう思っているだろうと思うんですね。
 そこでは<どうしても算数のここのところが乗り越えられないとか,いろんな苦手なところをもっている子どもたちが置き去りにされている>ということは、ほとんど認識されていないんだろう,と思うんですね。
 どんな問題を抱えている子どものどこに焦点をしぼって教えるか、ということを瞬時に子どもたちの状態からつかんで,その子どもに焦点を当てて授業をやっていくということが,河野さんの報告の中にあったと思うんですけども,そういう考え方は,今の日本の国には、ほぼ、無いんじゃないかなというふうに思います。
 最近聞く,とくに中学校の管理のすさまじさは、本当にもう戦慄を覚えるような気がします。そういうものでない良い授業が,まだ教師にできるということを,斉藤先生は30年の実践で証明された。このことに、できれば「国民栄誉賞」を与えたいとボクは思うんですね(笑)。でもたぶん,そういうことにならないだろうと思いますけどね。
 10年前のあの豊橋での授業,斉藤先生はほとんど表に立たれなかったですね。子ども達が元気よく,たしか秤の上に乗っていろいろと力みかえったりしてパフォーマンスをしていたと思うんですけどね。あの授業の意味が10年たってようやく分ったと,ボクもそこへやっとたどり着いたかなというふうに思います。
 「戦友」というふうに,ボクはこの間、書かせてもらったんです。あえて「戦友」と言わせてもらうのはちょっと失礼かもしれないんですけども,<戦友斉藤裕子のすごみ>はそこにあると思うんですね。出世という希望にかけずに,子どもという希望にかける生涯を送られた。それをボクなんかの場合は少し力んでやるんですけど,斉藤先生は自然に淡々と、平気な顔をしてやってしまわれる。そのことにボクはすごみを感じます。これはもちろん良い意味のすごみです。

 ●新しいコミュニティを創造する仮説実験
 <子どもたちが教育の危機の時代を生きる時,私達は何ができるか>ということを、最後にお話ししておこうと思うんですけどね。
<教育の最終責任は共同体=コミュニティにある>とボクは思うんですね。人間はオオカミといっしょで,群れになって生活をしないと生きていかれない生き物。どんなに文明が進んだって,独りでは生きていけない生き物なんですよね。助け合って生きていかないといけない。
 だから,助け合って生きていくためには,コミュニティを支えることができる人間を育てないといけない。しかし,今や心のきずながまったく壊れてしまって,日本の国にはコミュニティというものがなくなりましたね。人々はたしかに隣り合って,軒を連ねて住んでいるけれども,そこに人々の心のきずな、コミュニティはなくってしまった。
 大崎さんの家では貧乏で栄養が足りないから、ボクのお兄さん・お姉さんが次々と結核で死んでいった。お葬式が出せない。その時に、ご近所の人達が何の問題もなくごく自然に集まって葬式を出してくれる──こういうようなコミュニティは,小規模の農業を基幹産業とする社会では自然にできるんですね。ブータンはその例なんですよ。日本にもそれがかつてはあった。
 「もう一回,あの時代に戻ってほしい」とボクは願っているんですけども,これには日本国民のおそらく誰一人として同意してくれないだろうと思います。
そうすると,どうしたらいいか。市民が主体的にもういっぺん<今までと違う,小規模の農業という産業に基盤をおかない,市民の主体的な意思による市民のための新しいコミュニティ>を作らないといけないだろうというふうに思っています。
 たんぽぽ教育研究所は3年を経過しましたけど,奇跡的に一文の収入も無いのに元気に今も活動ができています。いろいろな市民が自発的に様々な形で支えてくださる。
ある方はお花を、ある方はお菓子を、ある方は小さな貯金箱を、ある方はお煮しめを持って来てくれます。ある方はボランティアのスタッフを買って出てくれます。
これは非常におおいなる仮説実験ではないかとボクは思っています。もしこれがうまくいったら,この方式を全国に広げていけばいいわけですのでね。
 でも同じような実験は,じつは日本のあちこちでいろんな分野で,さまざまなボランティア活動とかさまざまな地域おこし活動の中でも行われていますから,<そういう小さな新しいコミュニティを積み重ねて,もう一回子ども達を社会の力で育てられるような世の中を作ることができないか>というのは,あと5年か10年しか生きないだろうと思って,なおしかし,「そういう世の中を作っていきたい」という情熱を燃やしている大崎さんの仮説実験だというふうに思っています。

●最後に,詩集『人生の扉は一つじゃない』
 今日,この学校に入って来た時に「大崎さん、セールスマンみたいな感じ‥‥」とどなたかに言われたんですが,このごろボクは本当にセールスマンになっていて,今日もカバンの中にボクの新しい詩集『人生の扉は一つじゃない』を持って来ています。大崎さんがそう,息子の不登校が始まってから25~26年かけて、やっとたどりついた哲学が書き込まれた詩集です。
 ボクはたくさんの哲学書や詩集を読んでいますが,自分の詩集を300回ぐらい読み直してみて,「オレの哲学・オレの詩よりも立派な哲学書・詩集は,日本ではまだできていない」(笑)と公平な目で思いますから,買う価値はあると思います。
 ただ,心に一抹の哀しみや寂しさのない人,つまり,今もう幸せでたまらない,新しい恋人ができた,新しい不倫の相手ができた,最近出世した,宝くじが当たったとかいう人は全然買う必要はありません(笑)。何の役にも立ちませんのでね。ただちょっと寂しいものがある,哀しいものがあるという人には,もしかしたら役に立つかもしれないので買ってください。そうすると,ボクの帰りの荷物が少し軽くなります(笑)。
 ありがとうございました。(拍手)

  ★編集後記
 今年度いっぱいで退職になる斉藤裕子さんの「授業をみる会」も,これが3回目。ボクも行きたいと思っても,今の学校ではスクーリングがあると,金曜日にお休みして研究会に出かけていくことがむずかしい現状です。でも,この週はスクーリングがなくて,さらに〈大崎さんがやってくる〉という情報。「よーし,これは行くぞぉ」と楽しみにしていました。
 9日の裕子さんの授業は,《力と運動》の第1時間目。「物体をすべすべの机の上で,水平に動かすにはどれほどの力がいるか」という〔問題1〕です。「物体の重さが机にかかっているから,それよりも大きな力を加えないと動かない」という意見に対して,「《ばねと力》の授業で勉強したように,物体の重さは机が押し返してプラマイ0になっているから,もっと小さな力で動く」という反論が出ると,それに対してまた,「ボクらは去年,斉藤先生に《ばねと力》を教えてもらってないし‥‥」。そんな討論がもりあがって,「やっぱり小学生っていいなぁ。かわいいなぁ」としみじみ思いました。
 学校というところで,子どもたちのイジメ・自殺・暴力・不登校などなど,子どもたちが笑顔でいられないできごとを見聞きするにつけ,「安心して笑顔でいられる教室」の大切さを痛感します。心を開いて信頼できる大人との温かい時間,そして「学ぶことは本当にたのしいことだ」という科学・学問に対する信頼感──それは子どもたちの人生に決定的な影響力を持つのではないか。「教育の持つ力」というものを思わざるをえません。できれば,人生の早い時期にたっぷりとそんな中で過ごしてほしいと思います。裕子さんの教室はまさにそんな空間でした。
 10月12~15日の「親子スクーリング」の2日目に,親御さんとの懇談会がありました。親御さん一人ひとりから自己紹介とともに,子どもさんのさまざまな経緯をお話しいただけたあとに,犬塚校長が大崎さんの『子どもという希望』(キリン館)を配って,その中の「白花ゲンノショーコ」を紹介しました。思わず「ボクが読みます」と,牛山が朗読させてもらいました。
 このお話は,大崎さんのエッセーの中でボクが一番好きなお話です。
「今,さまざまな人生のハードルの前で行きなずむ子どもたちに伝えたい。信頼のできる先生は必ずいる。その先生を見つけて心を開こう。君は昨日までと違う自分に出会えるだろう。
 先生方にお願いしたい。子どもたちは真実を見抜く目をもってあなた方の一挙一動を見守っている。信頼を寄せられる先生,安心して心を開くことができる先生が現れることを心から待っている。どうかその期待に応えてやってほしい」
 ここを読むたびに,なぜか猛烈に感動して涙を抑えることができないのです。この日も思わず泣いてしまいました。「教育によって,小さな幸せをもっともっと増やすことができる」,そう思います。
(2012.11.24) 牛山尚也
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コニヤンの遺言



「子どもの心に寄り添うということ」



 「子どもの心に寄り添う」ということをいろんなことで聴くことがあります。

教育相談に携わっているスタッフならば、そのことからさまざまな子どもとの場面をイメージするのではないでしょうか。

 最近、ある中学校の担任の先生から電話をいただきました。

「Aくん、今日は初めて自転車で登校しましたよ。すごいですね。今学期はね、始業式から1日おきくらいに来れていますよ。」と。

「そうですか。よく学校に行こうと決意したものですね。あんなに学校を嫌っていたのに。なんか言っていましたか。」と私。

「おばあさんが言っていましたけど、亡くなったお母さんと約束をしていたみたいですよ。二年生になったら学校に行くからねと・・・。」

「その話は初めて聴きました。そうだったんですか。私は、またお父さんや周りから無理やり行けと言われたからかなと思っていたんですが、そんな想いがあったんですね。」

「それを聴いてね、私は涙が出たんですよ。いじらしいじゃないですか。

学校ではまだまだしんどいんですが、修学旅行も5月の連休明けにあるんで、なんとか参加できるようにしたいと思っています。」

 担任の先生からの電話に私は思わず涙ぐみました。

 Aくんは、そんなことは決して私には語らない子どもなのです。

 昨年の9月から私の所にも1日も来ずに、自宅で末期のガンで苦しんでいた母の体を拭いたり、

お風呂にも入れたりして看病しながら、そうした母との最期の時間を共有していた彼が、

母との約束を守り、二年生の新学期から登校してみようと決意したのです。

 その話を聴いたときに、私は一体今まで彼の何を理解していたのかとつくづくと自分自身のふがいなさを感じたことでした。

 と同時に、私は、その担任の先生のあたたかいまなざしと想いを共有することができたことをすごくうれしく思ったのです。

 私たちは、「子どもの心に寄り添う」ということをいとも簡単に言います。

でも、本当は、形だけの寄り添いだけで、実際には大したことはできていないかもしれないのですね。

 あくまで、今回のことも本人から聞いたことではなくて、担任がおばあさんから聞いたことだけで、担任と私の間で共有しているだけなのかもしれません。

 それは、私たちだけの勝手な「物語」なのかもしれないのです。

 でも、

[そのような物語を子どもの理解の柱としてもつことは、私たち支援する大人にとって子どもの心に寄り添い、その子どもの成長を支えるエネルギー源として外せないものではないでしょうか。]

 ほんとうにそう思ったのです。

 上記のカギカッコの文章は、吉本恭子班長から紹介された「児童心理」(金子書房)の5月号に掲載されていた

島根大学教授の岩宮恵子さんの論文

【「子どもの心に寄り添う」とは】

の最後の三行の文章を今回の私のケースにあてはめて書き直したものです。
 
 私は、その文章を読んだ時に、すぐにAくんのことをイメージしたのです。

「子どもの心に寄り添う」というのは、さまざまな段階があるということなのです。

 そして、岩宮先生は、「寄り添うことは大事業」であるとも書かれています。

 私たちの今年度の研究テーマは、「子どもの自分づくりと学校・社会とのつながりを支える支援のあり方・・・日常場面でのカウンセリングを生かした取り組み・・・」です。

 まさに「子どもの心に寄り添う」とは、が問われています。

 そんな大切なことを教えられた文章でした。             

 ああ有情。

 (文責:こにしゆたか/2011.4.19早朝・初稿・記/2012.12.18早朝・加筆)

不幸を背負っても小さな幸せを見つけて生きる私の流儀

<エッセイ>

 ぼくは今、不思議な幸せを生きている。けた外れの貧しい生い立ち、貧乏の影をひきずり続けた悩み多い青壮年期、そして二人の子どもの心の病気を背負った晩年。毎日が綱渡りの生活、まるで不幸の問屋のような人生。それなのに、ささやかな夢を実現し、多くの人のやさしさに支えていただいて、なんとも不思議な幸せを生きている。
 21世紀という時代は、子ども達には申し訳ないけれど、生きる事が困難な時代。
もう逆立ちしても後戻りできなくなった自然環境の破壊がある。温暖化、砂漠化、大きな気候変動、その後には食糧や資源の危機が来るだろう。
 経済成長神話の終焉もある。まだ、なんとかなると信じている人達が景気対策に狂奔しているけれど、狭い地球の上で世界中が右肩上がりで経済成長を遂げて行くなんてことがそもそも無謀な所業であることは、スモッグに煙る北京の街を見ても一目瞭然じゃないか。
 環境にも、資源にも、世界の人々の暮らしの疲弊にも、もう余力などありはしない。過酷な競争社会、格差の拡大がもたらすものは、人々のモラルの荒廃、心の絆の崩壊だけ。
 それでもね、ぼく達は生きる事が困難な時代にささやかな幸せ、ささやかな喜びを見つけながら生きて行かなければならない。バングラデシュでも、フィリピンでも、アフガンでも、アフリカでも南アメリカでも、子ども達はきらきら輝く目をして生きているもの。
 振り返れば、かなり悲惨な人生だったけど、そのおかげでぼくも、貧しくても心豊かに
生きる術を身に着けたよ。そのノウハウを今日はただで教えてあげるよ。やってみるか、みないかはキミ次第。どんな不幸を背負っても、貧乏でも、心豊かに生きる私の流儀。
 その一「ありのまま」。
 桟橋通り三丁目にあった古びた夜間高校の教室で、ぼくはこの生き方に目覚めたよ。生まれて初めて信じられる先生に出会った。生まれて初めて本当の事を作文に書いた。ひた隠しにして来た自分の弱さ、恥ずかしさ、劣等感を全部さらけ出してやった。
 どうなったと思う。人生の本当の友達が、向こうの街角から肩をゆすって現われたんだ。本当の友達はたくさんは要らない。ほんの一人か二人でOK。居なくても、もちろんOKだけどね。キミもほんとの友達が欲しけりゃ、キミのそばに必ずいる信じられる人を見つけてキミの真実をゲロすることさ。友達を作るために必要なものは社交術にあらず、「ありのまま」をさらけ出すほんの少しの勇気。
 その二「小さなものを愛する好奇心」。
 現代社会は、強い者が何をしても許されるルール無き競争社会。この生き馬の目を抜く競争社会を、大崎さんという一番弱い馬はどう走ったと思う?ぼくは勝ち目の無い人生の競争をはなから降りたんだよ。人と競争せん、闘わん、負けを前提にして、人が欲しがらん、自分だけに見つかる、ささやかな喜びを探すことに決めたんだよ。
 ささやかな喜びは、小さなものを愛する好奇心さえあれば、日常身辺至る所に見つかる。
お天気のいい日、お城の堀には亀さんが折り重なって日向ぼっこしている。裁判所の庭にはノビルが萌え、小さなチョウセンアヤメの花が咲く。歩道にはタチツボスミレも見つかる。升形の円満橋の下のどぶ川にはボラの群れが遡上して来る。ボラは目のくりくりした可愛い魚だよ。毎日見てると、顔なじみになってね、「大崎さん、まあ辛抱しいよ」と声をかけてくれるんだよ。
 小さなものを愛する好奇心を持っているとやさしい味方が増えて、大きな不幸に耐えられる。人生のつまずき、挫折、ピンチから再び立ちあがる力が湧いてくる。
 その三「人の心の痛みに思いを寄せる想像力」。
 ぼくは元々やさしい子どもだったけどね。我が子の「不登校」との出会いがなければ、人様の心の痛みが本当に分かる人間になれていたかどうか自信がない。我が子、そして全国数十万人の子ども達が、社会との関係を断たれ、人生の展望を閉ざされて、過酷な苦しみの中に置かれている。誰も分かってくれない。誰も助けてくれない。
 自分でやるしかない。かくしてぼくは不登校の鬼になったよ。そして辿り着いたのは不登校という社会現象の奥の深さ、教育の本質、人間の生き方。多くの素敵な人との出会いもあった。この上なく臆病な人間であるぼくが、いかなる場合も少数派(マイノリティ)の側、社会的弱者の側に立ち切る確信を持つこともできた。湿っぽい話になったけど、まだ聞くかね。
 その四「心のポケット」。
 心のポケットに自分の出会った大切な人を貯金するんだ。人との出会いが人生で一番の財産だね。いくら使っても無くならない財産。絶体絶命の時にも、「ぼくにはまだ、あの人が残っちょる」そう思うと、それが自分を支える最後の力になるんだ。
 「大崎さん、若いね」と言ってくれる人がまだいるけどね。お調子者のぼくも、もうさすがに若くは見えんと自覚しちょる。シワも増えた。畑仕事をするので、老人性のシミもできた。
 でもね、本当は、若さは外観にあらず、いくつになっても成長したいという志の持続だな。志があればときめきが生まれる。ときめきを忘れなければ、哀しみや不幸も人との出会いの機会となり得る。ヒューマンウオッチングほど素敵な趣味は人生にないよ。しかもタダ。
 最後、その六「人を分け隔てしない」。
 私達は誰もが、知らず知らずのうちに地位や職業、外見やお金で人を分け隔てしている。  それが私達の目を曇らせている。せっかくの貴重な出会いの瞬間を失わせている。
 たんぽぽは、すべての人を分け隔てなく受け容れる居場所。たんぽぽは、ただの教育相談所じゃないよ。思わぬ出会い、発見、人間としての成長を目指す市民のコミュニティ。新しい形の心の絆を紡ぐ実験場。
たんぽぽ教育研究所の定款には幻の一項があったんだ。「世直し」。蟷螂の斧だけどね、ぼくはまだ夢を見ているよ。人を分け隔てしない社会の実現という夢。

川竹大輔「改革派知事の時代」・この国に民主主義は根付くか

<日記> 

新年早々に、川竹さんが新著「改革派知事の時代」を持参してくれましてね。表紙の四万十川の沈下橋を渡る橋本、浅野、北川さんら五人の改革派知事の姿を見た時、あー、この人達の遺産が国政の流れにきちんと継承されていたら、昨年末の、選択肢の何も無い、あんな空しい総選挙は無かっただろうなーと思いました。
 あの時代が、この国に民主主義を根付かせるチャンスだつたなー、と歯ぎしりもしました。誰も総括しなかったあの民草燃える時代をしっかり総括してくれたこと、川竹さんにしかできない貴重な仕事です。彼に感謝したい。
 川竹大輔、この頭がいいのに、いつも控えめで謙虚でやさしい若者の行く末を思います。政治家は傲慢不遜で頭が悪くないとできない商売だから、彼は政治家向きじゃないけど、この国に本物の民主主義を根付かせるためには、ほんとは彼のような人が、政治の世界にいないといけない。そのためにも、従来型のカネ次第の選挙のやり方を変えないといけないなーと、思います。彼を愛する人達と一緒にそれを考えたい。
 川竹さんとぼくたちの絆を結んでくれた橋本大二郎さんのことも、少し触れておきたいですね。一度、ぼくの詩の朗読ライブに飛び入り参加してくれた橋本さんに聞いたことがあるのですよ。
 極貧に生い立ち、いつもいじめられる側で生きてきたぼくが社会的に弱い立場に置かれている人々の側に立つのは必然だけど、生まれも育ちもいい、毛並みは最高の橋本さんが、なぜ、子どもや高齢者、ハンディキャップを背負う人々のこととなると、異常なまでの正義感を燃やすのですか、とね。
 知事としての仕事の仕方は、あるいは北川さんや片山さんがうまいかも知れない。でも、マイノリティに対する時の、この燃えるような正義感は、橋本さんだけのもの。
 川竹さんには、もし政治家になるなら、そこを受け継いで欲しいなー、と思います。
 いずれにしても、価値ある本をまとめてくれました。この一冊は間違いなく、この国に民主主義を根付かせる大切な一里塚です。

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