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その名は十四郎!

野いちごの場所で・22・その名は十四郎!

 日曜市をひと巡りしての帰り、市の西の外れに近い骨董品の店などが並んでいるあたりに、お腹に赤ちゃんを宿している若い女の人が立っていた。
 足元に動物を運ぶ大きなキャリーボツクスが置いてある。何気なく覗きこんだ。子猫が一匹、ベビー毛布にくるまっていた。哺乳動物の子どもはみんなかわいいが、中でも子猫ほどかわいいものはない。灰色と黒の見事な縞模様、かしこそうな瞳が輝いている。
 父娘でしばらく観察した後、顔を見合わせたがその時は決断が付かなかった。庭の無いマンションで猫を飼うのは大変だろうな―。猫も可哀そうだなー。
 父と娘は無言のうちにそんな対話をして立ち上がり、歩き出した。歩き出したがすぐに立ち停まった。それにしても、あの縞模様は美し過ぎる。あの瞳は確かに私達の心を射抜いた。父と娘はまた無言の対話を交わして引き返した。
 若い女の人は、私達に厳しい声で言った。「大事に育ててくれますね。可愛いがってくれますね。」もし、そうでなかったら許さん、という表情をしている。美しい若い女の人の剣幕にたじろいだが、後へは引けない。「大事に育てます。」きっぱりとそう答えた。
 子猫は未知さんが愛読している「プリーチ」に登場する死神のひとりの名前をいただいて命名された。その名は十四郎!
 本人(!)もぼく達もこの名前が気に入っている。彼のかしこさ、美しさ、勇敢さ、獰猛さ、可愛さにぴったりである。
 あの若い女の人は無事に赤ちゃんを産んだだろうか。子猫の様子をお伝えしたいが、薊野方面にお住まいというほかには、何も分からない。十四郎がぼく達の家族になって三年になる。誌上を借りて近況をご報告したい。
 ぼくの住んでいるマンションは俗に言う3LDK。十四郎の生活する空間はその中でも、12畳ほどのLDKとそれにつながっている未知さんの寝室が中心。その他の場所とはドアで隔てられているので自由には行き来できない。未知さんが自分の書斎やトイレに行く時は、何に熱中して遊んでいても脱兎のごとくすっ飛んで行って、ドアをすり抜けてついて行く。未知さんの書斎は彼の大好きな遊び場。彼の興味を惹く物がたくさんある。どんな乱暴狼藉を働いても未知さんは叱らない。
 ぼくの寝室にも十四郎は興味津々。しかし、一度、おおわるさをした前科があるので、それからは入れないことにしている。入口で神妙にぼくの用事が済むのを待っている。
 トイレにも時々侵入する。大切な人に頂いた造花を置いているが、少しずつ食いちぎられているので、また侵入したな、ということが分かる。
 南向きのベランダがあり、そこにはたくさんの植物があるので、十四郎の遊び場になるが、ベランダにペットを出してはいけない取り決めがあるので公然とは出せない。実は時々、いや、かなり頻繁に彼の求めに応じて出している。読者のみなさん、これは内緒だよ。
 十四郎の食物は、基本的にはかなり上等のペットフード。食べたいだけ食べさせている。
 十四郎の食べ物の好みは少し変わっている。刺身のけん。醤油や魚の匂いが付いている、つまり私達が食べた後の残りが好き。貧乏しているので夕食のおかずが刺身になることは滅多にないが、刺身の時は冷蔵庫から出した瞬間から彼はそわそわしている。猫なのに植物性のものが好きなのはこの子の特徴で、ベランダの鉢植えの雑草もよくかじっている。
 私達は納豆をよく食べる。食べた後の納豆のねばねばや醤油や鰹節の粉が着いた皿をなめるのも大好き。納豆の皿を見せると、それこそどこにいてもすっ飛んで来る。十四郎がきれいになめてくれるので、ぼくの洗い手間も省ける。そこで眉をひそめた貴方、人間と猫が同じ器でものを食べてはいけませんか。それを嫌だと思う方がおかしいのではありませんか。
 たんぽぽを五時に閉め、買物をして帰り、夕食の支度、明日のお弁当の準備、台所の片付け、洗濯やお風呂、十四郎はぼくの家事が一段落するのをじっと待っている。やれやれとぼくが指定席に座るのを待ちかねて、彼はまっすぐにぼくの胸に昇って来る。父と子のしばしの抱っこの時間。首の後ろや顎の下を撫でてもらうのが好き。そしてぼくの脇の下に顔を埋める。一瞬でも撫でる手を休めると顔を上げて不満顔。
 ぼくは出まかせの子守唄を歌う。「おりこのおりこの十四郎ちゃん、あなたの名前は何ですか?名前を聞いても分からない。お家を聞いても分からない。ニャンニャンニャニャン、ニャンニャンニャニャン、鳴いてばかりいる十四郎ちゃん」この唄の矛盾が分かりますか?
 まじめ人間のぼくもたまには子猫をからかいたくなる。「おりこのおりこの十四郎ちゃん。ほんとはお馬鹿な十四郎ちゃん」途端に彼は唸り声をあげて膝から降りる。ぼくが新聞を読んだり、お酒に手を伸ばしたり、抱っこに集中しない時も不機嫌になる。それどころか、虫の居所が悪いと猛然と噛みつく。後ろ足で引っ掻く。微笑ましい抱っこの時間は一瞬にして修羅場。ぼくの手足は生傷が絶えない。それでも毎日、家事が済んで一休みの時間になると、必ず十四郎はぼくの胸に掻きついて来る。
 甘えん坊なのに気性が激しい十四郎だが、狩りの腕も一流。冬、狭いマンションのベランダにも、植木鉢のクチナシの枝にミカンを刺して置くとメジロやヒヨが食べに来る。十四郎は部屋の中で気が気でない。ベランダに出すと植木鉢の陰に身を潜めて獲物を待つ。今年の正月には飛来したメジロを一瞬にして捕らえた。メジロは即死。気の毒な事をしたので、それからは注意している。
 十四郎の一番幸せな時は、未知さんにぴったりと身を寄せて眠る時。
「風の谷のナウシカ」の冒頭で、小さなキツネリスがナウシカの指に噛みつくシーンがある。ナウシカは噛ませたまま何もしないでやさしく見守る。やがて心を開いたキツネリスは傷口の血をなめる。感動の名場面だが、我が家では毎日、この名場面が再現される。寝足りて退屈した十四郎は未知さんの手や足に噛みつく。引っ掻く。未知さんはなすがまま。決して叱らない。かくて未知さんの手足にも生傷が絶えない。
 広い庭のある小さな家に住みたい。そこで十四郎に存分に草を食べさせてやりたい。チョウチョやバツタを追わせてやりたい。老人のぼくはまだそんな夢を見ている。
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少年ジャンプ編集部に精神疾患に対する理解を求める

 はじめまして編集長様。そしてこれっきりもう二度とお話したくありません。
 集英社への誹謗中傷ととられる前に用件を明かしておきます。そちらで連載されている『黒子のバスケ』についてです。今ファンの間では第226Qが波紋を起こし、226Qショックというような言葉も見かけましたが。私が問題としたいのは第228Qです。
 特定の漫画の内容についてなら本来作者の藤巻忠俊先生に手紙を出すべきなのでしょう。それを編集長様宛にお出ししたのには理由があります。
 第228Qは人間なら多かれ少なかれ誰でも持っているであろう精神的な傷についての無理解に満ちていました。
 描いたのは漫画家でもそれを編集がチェックし、編集部が最終的にOKを出した結果ジャンプ本誌に載っています。問題があると判断すれば編集がストップをかけるでしょう。それがなくそのまま載せられたということは、編集部全体が精神的な傷についてまったくの無理解だということ。いろんな人が読むというのに、いろんな人に読んでほしいと願っているはずなのに、その『いろんな人』の中に御誌に掲載されている漫画を読んで傷つく人がいるかもしれないなんてまったく考えなかったということ。厳しい言い方をするなら、読んで傷つく人がいてもかまわないと思ったということです。
 ですから藤巻先生ではなく編集長様宛にこれを書いています。分かりますか?あなたが今ごらんになっているのはただの紙でもその向こうにいるのは生きた人間です。生身の人間の身を切り裂かれた声です。
 私は今30代も後半に入っています。でもジャンプが大好きです。ジャンプに描かれている人と人の絆や愛情、夢、希望、可能性。そういったものが大好きでした。
 『ワンピース』で処刑されそうになったエースを助けにきたルフィが『なぜ来た』との叫びに『俺は弟だ!』と言ったときには感動しました。『BLEACH』で月島の能力により記憶を挟みこまれたにもかかわらず躊躇わず月島を斬った白哉が、月島に『ひどいな』と言われ、『確かに兄は私の恩人だ。しかし黒崎一護の敵だ。』と言いきったときには白哉の一護への想いに感動しました。『NARUTO』で里抜けしたサスケと追いかけてきたナルトが戦いになったとき。『絆があるからこそ苦しいんだ。最初から誰もいなかったおまえになにが分かる!』というサスケの言葉の意味が最初は分かりませんでした。しかし後に深く共感するようになりました。赤の他人だったらどんなにか気持ちが楽だったのに。サスケもイタチが愛している兄でなければなんの遠慮もなく憎めたでしょう。愛している兄だからこそ、憎むのが辛かった。(これはすべて私の解釈です。台詞など私の記憶にあるものなので間違っていましたらお許しください)
 『黒子のバスケ』にはまったのは連載の途中からです。元々『テニスの王子様』や藤巻先生も好きだと言っておられた『アイシールド21』などスポーツ漫画は好きでした。しかし『黒子のバスケ』は私にとって特別な漫画でした。他のものとは違う。なぜ惹かれるのか分からず、読んでいくうちに主人公の黒子が私に似ているのだと気づきました。黒子はパスのスペシャリスト。ドライブやシュートを身につけたとはいえどちらかといえばサポートが中心の選手です。そして私も。ずっと家庭においてサポート役を担ってきた人間でした。
 ここからは私の個人的な事情を話すことになります。しかしこれは私が第228Qを読んで傷ついたということを説明するうえで避けて通れない話です。どうかしばらくご辛抱ください。
 私には四つ年上の兄がいます。兄は高校2年生の頃学校へ行けなくなりました。まだ不登校という言葉すらなく、登校拒否と呼ばれていた時代です。支援してくれるところもなく、家族にすべての負担がかかってきました。当時中学生だった私も同様です。『子供だから』はありません。両親は私は無邪気なままで心を慰められると思っていたようですが、私には全部分かっていました。分かっていて分からぬふりをしていました。そうあるように望まれていたからです。あの頃の兄の状態についてはあまり書きたくありません。ただ両親が大変な思いをしていたのは事実です。それは私も同じだったのですが、『大変な思いをしている両親』には心の慰めが必要でした。すなわち、私が。怖くてたまらないときも私は笑顔を浮かべ、無邪気な子供そのものであるかのように振る舞っていました。実際それで救われたと両親も言っています。
 両親は辛いと口に出すことができましたが。私にはそれができませんでした。一方で両親は私に『兄への気遣い』も求めました。兄を怒らせたり、動揺させたりすることをしてはいけないということです。ただ問題は兄がどういうことで怒ったり動揺したりするのか一緒に暮らしていても、私だけではなくおそらく両親にも、まったく分からなかったということです。何がきっかけになるか分かりませんでした。
 だから家では全神経を集中させ、言葉の一つ一つに気をつけ、兄の言動やしぐさ、表情などからそのときの精神状態を推測してできるだけいい状態にもっていこうとしていました。それでも間違えるときはあります。そんなとき両親は私を叱りました。両親のなかで私は『何も気がつかず何も考えずに行動している人間』だったのでしょう。私は『無邪気な子供』でしたからね。
 私は無邪気な子供であることと、すべてを計算して行動できる大人であることという両極端にあることを求められ、それを完璧に実行していました。その頃の体験は私の人格形成に大きな影響を与えたでしょう。
 高校を卒業した私は県外の大学に進学しました。親元から離れ、兄からも離れたことで私は解放の一時を味わうことができました。そのまま県外で就職できればよかったのですが、今も続く就職氷河期、私は就職先を見つけられず親元に戻ってきました。そして一年の就職浪人の後に国家Ⅱ種に受かり、就職しました。いわゆる公務員ですね。
 今にして思えばそのときに家を出ていればよかったのですが。当時の私には意地がありました。4年間兄と両親のいない空間で自由を味わった私にはもう高校までのように兄のためにいろいろと我慢することはできなくなっていました。兄を刺激するので直接口に出してあれこれ言うことはなかったのですが、それでも兄は私が自分に従わないことを不満に思っていたようです。私は兄の言動に怒りを抱いていました。だから家を出れば私の方が負けたことになるような気がして出られませんでした。それに両親のこともあります。両親を支えるためというのではありません。私は両親に不満を持っていました。自分の都合で私を犠牲にしたと。あのとき家を出ていれば、家の中で私と兄がぶつかることもなくなり、兄のストレスは軽減され、一人暮らしをしていても同じ市内である以上休日などは両親と過ごせたでしょう。
 まさに両親にとって都合のいい状態ですよね。だから家は出ませんでした。そうして就職して3年ほど経った頃でしょうか。覚えているのは北京オリンピックの年だったということです。私は兄に暴力をふるわれました。それまで何があっても兄が私に手をあげたことはありませんでした。そしてそれが原因で、私はPTSD(心的外傷後ストレス症候群)になりました。
 治ることは期待しないでください。私はそう医者に言われています。一生治らないと。正確にはそういう言い方をされたわけではありません。不安になって『治りますか』と聞いた私に医者はこう言いました。治るという基準をどこに置くかが問題だと。続いてこう言いました。通院しながらでも社会生活がおくれるようにしていきましょうね、と。つまり、『病気が治る』というのを『病気になる前の状態』と定義するなら私は治らないのです。定義を変えるにせよ、PTSDになる前と同じ状態に戻らないことは確かです。
 不要かもしれませんが、PTSDについて少し説明しておくならば、これは『過去が過去にならない病気』です。体験したことは人間の中で記憶として処理され、いずれ『過去』になりますが、PTSDの人間にとって、PTSDの原因になった出来事は『過去』ではなく『今も続いている現在』なのです。私で言えば、兄に暴力をふるわれたあの瞬間です。一応治療法はあります。私もそれを受けましたが。失敗したというわけではありませんが、それでも私は治らないのです。私も自分一人分のことしか知りませんが、PTSD自体が認知されてあまり時間の経ってない病気ですから、おそらくはまだ治療法が確立されていないのでしょう。
 私の恐怖の対象は『男性』と『音』です。激しい雨の降っている日などは家の中で震えています。テレビやCDと違って雨はやませることはできませんから。これでも一応窓を閉めれば外の音はほとんど入ってこないしっかりしたマンションに住んでいるのですが。打ちつけるような雨の日は絶対駄目です。
 このことについてはあまり話したくないので省きます。今家庭がどういう状態にあるかというと、見事に崩壊しました。話すと長くなるので結果だけ言いますと。
 今私と父が一緒にマンションに住み、兄と母が別の家に住んでいます。どちらも市内です。あの事件以来兄と会ったことはありません。というより医者に会うことを禁じられています。PTSDの患者にとってその根源との接触は大変に危険なことのようです。私も兄に文句の一つも言ってやりたいですが、会うと私にどんな影響があるか分からないからと医者が止めます。
 トラウマ=PTSDではないと最初に医者に説明をいただきました。ドラマや小説、あるいは映画の中のように。本人の努力や周囲の愛情、時間という薬ではPTSDは治らないのです。PTSDに限らず、精神疾患を治すには絶対に病院に行き医者の診察を受け薬を飲むことが必要です。一念発起して。勇気を出して。恐れずに向き合って。では治りません。
 今は企業も社員のメンタルに気を配り、国がスクールカウンセラーを派遣する時代です。それでも私には理解が進んだとは到底思えません。変わらず無理解なままです。例えば私が先に否定したようなことは、ジャンプに連載している漫画家さんはとてもお好きでしょう?先日連載終了しましたが『SKET DANCE』のスイッチ。彼は確実に専門家の助けのいる状態でした。しかし読んでいて通院しているシーンも医者に診てもらっているシーンもありませんでしたね。あたたかく包んでくれるすばらしい仲間と本人の勇気で見事に治りましたからね。誰もが感動するすばらしいラストでした。
 そう。私が怒っているのは。御誌の創作物における精神疾患に対する無理解です。本人が努力すれば。勇気を出して向きあえば。それで治るように描かれている。描くことでお金をもらっているプロが、扱うテーマについて調べようともせず安易にそう描いてしまうことに激しい怒りを感じています。とはいえここで問題にしたいのは『SKET DANCE』ではありません。『黒子のバスケ』の第228Qです。黒子の告白が終わった後の話です。
 もちろん作中の黒子は精神疾患ではないでしょう。しかし精神疾患とそうでないものの差は非常に曖昧なのだと医者は言っていました。現代の人間を全員診察すれば半分には何らかの(精神科的な)病名がつくそうです。それでも彼らは医者の世話にならず社会生活を送っています。精神疾患とそうでないものの境界はそれぐらいあやふやなのです。実際専門家にかかったことはなくとも、心に傷を負っている人というのはたくさんいるのではないでしょうか。むしろ心の傷なんてまったくないという人の方が珍しいんじゃないかと思います。編集長様はどうですか?思い起こして、あれはということはありませんか?
 私は自分が病気になった経緯についてほとんど人に話したことはありません。簡単に話せるようなことではないからです。精神疾患というのはおいしいネタかもしれませんが。実際の精神疾患の人の話なんてただひたすらに暗く、長く、絶対に途中で聞くのが嫌になります。私も長々と書きましたがあれでも大分簡略化されています。それでも途中でうんざりしたでしょう?ひょっとするとこの手紙はもうゴミ箱の中でもう読まれてないかもしれませんね。実際の話なんていうのは決しておもしろくはないですよ?私が自分の病気について話したのは本当に信頼できる3人の友人だけです。他は家族と医者しか知りません。私が病気だということを知っている人は他にもいます。ただ彼らは病名や病気になるに至った経緯は知りません。
 私は黒子は精神疾患でなくとも、心に傷を負っているのだろうと思っています。作中で黒子自身が『ボクはあの頃バスケが嫌いだった』と言っていましたから、心に傷を負うような何かがあったのだろうと。それを匂わせるような箇所もありましたし。日向は『黒子はいつもあまり自分から話すタイプじゃないからな』と言っていましたが、あんな重い話、そう簡単に話せるわけないでしょう。私も話したときは信頼している友人でも怖かったです。変な目で見られないか、受け入れてもらえるかと。そういう恐怖を抱くのは当然のことです。自分の心の傷はそう簡単には話せない。会って間もない人だったら尚更。話すのは信頼の証。話しても大丈夫。受け入れてくれる。そういう信頼があればこそ。それでも怖くて。怖いのが当然。編集長様に心の傷になったようなことがあるのなら。それを話すとき少し怖くはありませんか。そして話すという形で傷に触れるのですから辛いでしょう。
 たった一年前の心の傷を打ち明けるのは黒子にとって辛いことだったはず。そして怖くて。その結果がなんですか?『ボクは本当はこんな人間なんです。それでも仲間としてうけいれてくれますか?』。火神の台詞の一部ですが、心の傷を打ち明ける人間はまさにそう言いたいんですよ。自分の心の傷をさらけ出した上でその自分を受け入れてもらいたいんです。なぜ藤巻先生にはそれが分からないんですか?なぜ『心の傷』というものに対してこれほどに無理解なんですか?描いたのは自分なのに、黒子は心に傷を負っているという認識がなかったんですか?そしてなによりも。
 なぜそう軽く扱えるんですか?
 プロでしょう。心に傷を抱いている人物が出てくるというのに――その人物が主人公なのに、心の傷というのがどういうものか調べなかったんですか?調べる価値もないと想像だけで描いたんですか?なぜそれほど軽く扱えるんです!私には告白しているときの黒子の気持ちが分かりました。怖かったし辛かったでしょう。黒子にとって告白したことは未だ癒えぬ傷でしょう。それに対して火神の反応はどうでした?『なんだよ。オメーが悪りーんじゃん』でしたね。間違ってると思ったなら殴ってやればよかったと。なぜそれほどに無理解なんです!なぜそれほど軽く扱えるんです!自分の心の傷を打ち明けたのに『おまえが悪い』なんて。
 私のケースにしろ、私が悪いという見方もできるでしょう。私が両親と兄に『間違っている』と言わなかったのが悪いと。でも。今までの話を聞いても、そう言えますか?兄でもなく両親でもなく私が悪いと。私があの事件の前に両親と兄に『間違っている』と言ったところで何の解決にもならなかったでしょう。いっぱいいっぱいだった両親は怒るか無視したでしょうし。兄は怒って大騒ぎしたでしょうね。
 私は火神大我を通して藤巻忠俊からこう言われたんです。
 今こうなっているのは、私が悪いのだと。PTSDになって仕事も辞めざるをえませんでした。また働けるようになるかも分かりませんし、働けるようになったとしても制限がつくでしょう。こういう病気で前の仕事を辞めた人なんて普通の企業は嫌がるでしょうし。第一病院に通うため定期的に会社を休まなければいけません。それを認めてくれるところがどれぐらいあると?それ以前に今は一人で社会生活も送れません。
 私が自分に暴力をふるった兄を憎むのは間違っていますか?両親を恨むのは間違っていますか?悪いのは兄でも両親でもなく私ですか?少なくとも藤巻忠俊はそう言ったんです。そしてあなたたちは彼が大勢の人の目に触れるものを通してそういうメッセージを届けるのを許したんですよ。
 心に傷を負った人間に対して。おまえが悪い。
 なまじ『心の病』なんてよく言われるようになったので安易な気持ちで使うのでしょうが。少なくともプロにそういうことはしてほしくなかった。本を買って勉強することも、専門家に話を聞くこともできたのに、『そうする価値もないほど軽いもの』として扱われた。編集部は全員それを許した。気にもしていなかったでしょう。雨の音が怖くて震えている人間がいるなんて想像もしていなかったのでしょう。
 なぜそれほどに無理解で無知で無関心でいられるんですか。個人がプライベートでそうであるというならまだ受け入れますが。プロの漫画家が作品の中で取りあげるのにすべて想像だけで描いて何の下調べもしなかった!心の傷も心の病もそれほどに軽く扱えるものですか!実際に心の病にかかっている人間がいると知っているのに。そういった人達がこれほどの無理解と無関心を見せつけられたら傷つくかもしれないと思わなかったんですか?それとも貴方方にとって心に傷を負った人や心の病にかかっている人はいくら傷ついても平気で無視できる存在ですか。人間ですらないと?いくら踏みにじってもいいものだと。そして。
 赤司征十郎は二人いる。
 これからどう描いていくのかは分かりません。しかし解離性人格障害(今は多重人格ではなくこちらの呼び方をしています)についてはちゃんと調べたんでしょうね?二人いるなんて面白い設定と想像だけで描いてはいないでしょうね?
 精神疾患は病院に行き医者にかかり薬を飲まなければ治らない。
 解離性人格障害だったらなおのこと周囲がどうこうするだけでなんとかなるなんてことはないでしょう。少年誌に精神科の病院へ行くシーンは描けないというのなら最初から扱わないでください。大勢の人の目に触れるものでそんなふうに扱われるからますます精神疾患とはこんなものと間違った考えが広がり、無理解な人が増えるんです。
 単に面白いネタとして扱わないでください。実際に苦しんでいる人がいるんですよ。扱うならちゃんと調べて正しい姿を伝えてください。それができないなら扱わないでください。
 集団で私に向かって『おまえが悪い』と言ったくせに。
 私は自分が苦しい状況にいるからこそジャンプを読むのが好きでした。救いでした。その中に描かれている人と人の絆が。私のそれはもう壊れてしまいましたから。今度こそも、もう二度とも、もう一度もない。人生をぶちこわす間違いは一回で充分だと知っています。漫画家がそれを知った上でなお希望を描くから輝いて見える。それを知らずに描かれても褪せて見えるだけ。
 私は近くの書店に毎週ジャンプを取り置いてもらえるように頼んでいます。それほどにジャンプが好きです。だからこそそのジャンプの中で。はっきりと自分への無理解をたたきつけられて傷つきました。
 あるいは理解してないのは私の方ですか?藤巻さんの言う通り本当は私が悪いんでしょうか。
 読者を喜ばせたくて描いているのだと思っていました。編集はそれを支えているのだと。違うんですか?ただ売上が伸びればいい。儲かればいい。まさかそう思ってらっしゃるんですか?売上のためなら。
 読者を傷つけるのも平気ですか!
 精神疾患やそれに付随することを軽々しく扱わないでください。それともそんなに面白いですか私達は。本人は地獄の苦しみを味わっているのにそれすらも笑い飛ばしてしまえるのですか?
 今のジャンプからはそんな姿が伝わってきます。第228Qはもう掲載済のものでどうにもならないでしょう。でも赤司くんは。藤巻先生。編集の皆さん。解離性人格障害の方は実際にいるんです。調べもせずに扱えるほど軽いものではないのですよ。どうか分かってください。この病気を対岸の火事のように扱わないで。お願いです。本当に苦しんでいるんです。
 第228Qは描き直してほしいです。あの話はあまりにも無神経で無理解です。

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