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こちら老人、求む仕事

野いちごの場所で 24 <こちら老人、求む仕事>


 寒い夜、はりまや橋バスターミナルで、神戸から帰る未知さんを待っていた。ぼくは超真面目人間でかなりのいられ(・・・)、早くからターミナルに到着、人気の無いベンチに一人で座っていた。他には誰もいない。
 いや、正確には一人いた。バスの誘導員のおじいさん。おじいさんは一人で寂しかったのだろう。退屈していたのかもしれない。長い時間ベンチに座っている老人の姿が目立ったのかもしれない。
 彼はぼくに話しかけて来た。ぼくはこういう人の話を聴くのがきらいじゃない。民俗学にあこがれたのだもの。問わず語りにぽつりぽつり話すおじいさんの話を聞くことになった。
 おじいさんは土電に勤めていた。退職後、この仕事を得た。妻と二人暮らし。交替制の勤務で休憩場所もある。トイレにも行ける。酒は飲まない。あれや、これや、それや。
 聞いていて、いい仕事だなー、ぼくにもできそうだなー、と思った。大事件や大問題が頻繁に起こりそうにはない。目が廻るほど忙しそうにもない。格別の力仕事でもない。
 もう、2~3年前のことである。それっきり忘れていた。
 高知新聞の日曜日に「Qbo[キューボ]」という求人情報の欄がある。必ず、綿密に目を通している。数ヶ月前のある日、その欄にこのターミナルの誘導員の募集が出ていた。おー、応募したいなー、と思ったが、その時はまだ仕事があったので、できなかった。
 季刊高知のエッセイにこんなタイトルを付けていいのか、少し迷ったが、背に腹は替えられない事態に追い込まれたのでお赦しください。
 <こちら69歳、温厚篤実な老人。“たんぽぽ”は続けたい。続けなければならぬ。ゆえに、求む、夜間・休日の仕事、ガードマン、運転手、配達、レジ、ホテルの受付、洗濯掃除、ゴミの収集、なんでもできます>
 我が家はただ今、やむを得ない事情があって二世帯に別れ、ぼくの年金で家族4人が生活している。子どもの頃の貧しさを思えば、絶対絶命というほどではないが、4人のうち3人が病人。いつ元気になるか分からない、先の見えない病気。
わずかな貯金もじりじりと残高が減っている。年金もじりじりと減っている。健康保険料だけじりじりと増えている。ぼくもじりじり歳を取っている。そして遂に、退職後、6年間続けて来た命綱の月給10万円のアルバイトがこの3月で終わる。
 “たんぽぽ”には精神障害や発達障害の若者達も来てくれる。彼らの多くが仕事を求めている。わずかなつてを頼って奔走してみるが、かんばしい成果はあがらない。ぼくよりも気の毒な若者達を押しのける気は無い。が、ぼくも自分の仕事を探さなければならなくなった。
 今年の選抜高校野球に、久し振りに徳島県の池田高校が出場する。思い出すことがある。名将蔦監督が率いた池田高校の全盛時代のこと、その校長先生が退職されてタクシーの運転手になるという話を聞いた。なんと素敵な第二の人生、なんとさわやかな生き方、さすがだなー、と思った。
 ぼくも夢は描いている。詩人・エッセイストとして、遠からずミリオンセラーを出す。出さいでか。自分の確信は少しも揺らいでいないが、夢の実現まで食いつながねばならぬ。
 おー、そうだ。特技がある。皿洗い、後片付けは早くてていねい。居酒屋の洗い場で使えます。飲み残しも自分で処理できます。
 簿記の素養がある。夜間とは言え商業高校の出身なので、貸借対照表、損益計算書は読める。“たんぽぽ”でも、ボランティアでお世話になっている税理士さんがインストールしてくれたパソコンソフトで複式簿記の経理事務をやっている。帳簿できます。
 電話の応対や受付。これは永年鍛えられて来た。どなたにも親切ていねい、最高の満足をお届けできる自信があります。
 カウンセリング。ぼくは長い間、自分のことを詐欺師だと卑下していた。なんの勉強もせず、資格も無く、カウンセラーの真似事をしていた。しかし、詐欺師も14年も経つと本物になる。ぼくはこの頃、心に大きな荷物を抱えた人と長い時間向き合っていて、自分がどうやら本物のカウンセラーになったと感じるようになった。
 カウンセラーの要諦は何か。ユングやアドラーを知っていることではない。クライアントと哀しみを共にすること。哀しみを共にすることでささやかな希望を届けること。ぼくにはそれが少しできます。
 <こちら69歳、謹厳実直な老人、なんとしても“たんぽぽ”を維持しつつ家族を養わねばならぬ。ゆえに求む、夜間・休日の仕事。皿洗い、帳付け、カウンセラー、強い腕力の必要な仕事以外、何でもできます。>
 それにしても、こんなに忙しい晩年を迎えるとは、思ってもみなかった。自分のことを考える時間も、ふり返る時間も無い。自分のために使う心の余裕も無い。
 しかし、ぼくは不幸ではない。いやいや、なんとも不思議な幸せを生きている。
 世の中にほぼ絶望しているのに、多くのやさしい人々の善意に支えられて、人間とは信ずるに値するもの、人間に対する希望をまだ捨てずにいられる。
 天外孤独、と思っているのに、時々、しばしば、いろいろな人から、思いがけない温かい便りをいただく。今日は浅野さんが美しい花の鉢を持って来てくださった。おー、オレはこんなに愛されている。しみじみとそう感じる。感謝にたえない。
 “たんぽぽ”のお隣の幡多倉公園に今年も紅白の梅の花が咲いた。窓からその花を眺める。蜜を求めてくるメジロの姿まではかすんだ目がとらえきれないが、花から花へ飛び交う姿を想像することができる。
 <こちら69歳、貧乏だが心豊かに生きる老人。求む仕事、泥棒以外何でもできます。>
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