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朝晩たどる道を

朝晩たどる道を


毎日朝晩たどる道を
ゆっくりゆっくり、歩いてください
みんな急ぎ足で
キミを追い越して行くでしょう
でも、あわてない
急ぎ足では
足元に咲いているかもしれない
小さなカタバミの花を見過ごします
急ぎ足では
頬にあたるさわやかな五月の風を感じられない
人生に急ぐべきことは何もない

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小さなものを

小さなものを


小さなものを愛(いと)おしんでください
山尾(やまお)三省(さんせい)さんによれば
沖縄には「小(くう)さ、愛(かな)さ」
<小さなものは愛おしい>
という古い言葉があるそうです
民衆の暮らしの中に息づく
なんと美しい言葉
小さなものを愛する人生は楽しみに満ちている
山歩きの途中でキミと探した
人差し指にも足りない草丈のチョウセンアヤメの
淡い小さな花を忘れないで






*山尾三省さん:屋久島に住んだ農民詩人(1938-2001)
*チョウセンアヤメ:和名ニワゼキショウ、道端で普通に見られる淡い紫の小花が咲くアヤメ科の野草で大崎の故郷あたりの俗称

「深夜食堂」から「セレンディピティ」へ

「深夜食堂」から「セレンディピティ」へ

Kさま
お元気ですか。お忙しいことでしょう。ぼくは3月でK新聞のものすごーくしんどいアルバイトが終わり、自分の時間が少しでき、前に頂いた「深夜食堂」をようやく手に取りました。ところがところが、面白うて、こりゃあたまらん、ということでお礼のメールをします。感謝です。 4.20 おおさき

大崎さま
深夜食堂、気に入っていただけたようで良かったです。(^。^)
老婆心ながら、アルバイトが終わって収入は大丈夫ですか?(^。^)
あらかじめ連絡して久しぶりにコーヒーでもいただきにあがります。
K iPhoneから送信

Kさま
ご返信ありがとうございます。病気の子ども二人を抱えて生活はなかなかですが、捨てる神あれば拾う神あり、新年度から新しいアルバイトに出会えました。多くの皆様の支えのおかげです。たんぽぽの運営も、生活の維持も当分できそうです。
ぼくの詩集の愛読者のおばあさんが本を贈ってくれました。ありがとう、感謝します、ついてる!を繰り返していると、本当に幸運が舞い込むと書いてあります。
それから、運転中に「くそったれ!」「時間が無いんじゃ、時間が!」「死にやがれ!」そんな悪態を吐くのを少しひかえています。
ぜひぜひ、お時間ができましたら、コーヒーを飲みにおいでください。コーヒーは、やはり、「淳」に限りますね。お待ちしています。 4.21 おおさき 

大崎さま
新しいアルバイト、よかったですね。ギリギリまで突き詰めて努力した人だけに訪れる幸運を「セレンデピティ」というそうです。ご存知かもしれませんが。インドかどこかの伝説だと思います。

セレンディピティー(serendipity)
求めずして思わぬ発見をする能力。思いがけないものの発見。運よく発見したもの。偶然の発見。
[補説]英国の作家ホレス=ウォルポール(1717~1797)の造語。ウォルポール作の寓話The Three Princes of Serendip(1754)の主人公にこのような発見の能力があったことによる。Serendipはセイロン(現スリランカ)の旧称。

K iPhoneから送信

大崎注 なんのこっちゃ、と思わないでくださいね。久し振りにメールしたKさんとのやり取りが、あんまり文学的で、我ながら素敵だなー、と思ったので掲載します。持つべきものは金ではなく友。セレンディピティとはいい言葉。年寄ってまた一つ、賢くなりました。

少年達よ、つまづけ!


 高知新聞の「週間中学生」という欄に「本の世界へようこそ」という書評が時々掲載される。筆者は共同通信記者の田村文さん。3月2日は「吉野弘詩集」。「受難者への共感の視線」というタイトルがまずもって深い。
 紹介されている「夕焼け」という詩は、何時、何処で読んだか定かでないが、何度も読んだことがあり、内容だけはぼくも鮮明に憶えている。心やさしい人ほど、そのゆえに傷つくのが世の中。この詩は競争社会で疲れ果てた子ども達にも、大人達にも届けたい詩。
 中学生時代に何を読むか、それが人生の大きな分かれ目になる。その意味でいつも最良の本を紹介してくれるこの欄は貴重。
 ぼくもこういう人の心の奥底の哀しみに触れる詩を書きたいと思うが、人生の残り時間わずか。どうも書けずに終わりそうだなー。いやいや、まだまだ、時間はあるぞー。
 それにしても、共同通信の田村記者という方、本の選び方が違う。先日はとうとうサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」が登場した。少し難解だけど、しびれる文章。少年達よ、つまずけ! いらだて! 反抗しろ! 腐った大人になる階段なんかクソくらえ! それはキミ達の崇高な権利だ!
 こども編集部の松居さんによれば、田村さんは素敵なお人だそうな。なんとか生前にお会いしたいなー。

良い教育者になるには

 今日は午前中、土佐リハビリテーションカレッジを訪問していた。事務局長さんが学内を案内してくださっている時、清掃作業をしているおばさんに親しく声をかけておられた。いい雰囲気の学校だなー、と思った。
 良い教育者になるにはどうしたらよいか。心豊かに生きる術を身に着けることだと私は思う。これは、良いサラリーマン、良い詩人、良い芸術家、良い政治家、良い百姓、良い牛飼い、良いカウンセラーも同じこと。
 どんなに貧乏でも、抜き差しならぬ大きな不孝を背負っていても、心豊かに生きることはできる、というのが私の人生観。私自身がその生き証人。
 心豊かに生きるための私の方法は、小さなものを愛する好奇心、人様の心の痛みに思いを寄せる想像力。
 幡多倉公園の草むらに咲くイヌノフグリの紫が美しい、そこで遊ぶ野良猫がかわいい、そういう感覚で歩いていると、孤独に耐えて人生を楽しむことができる。
 天神橋の坂道を登る車椅子を見かけたら、恥ずかしいけれど少し押してあげる。たった一人で世の中と闘う不登校の親子がいたら、昔の同僚に嫌われても親子を支える側に立つ。そういう生き方をしていたら失う友もいるが、思いがけない新たな出会いもある。
 ぼくは今、地獄の底の天国、なんとも不思議な幸せを生きています。

カタパミ

あなたのやさしさが
あなたの行く新しい道に
小さなカタバミの花を
咲かせる

あなたのかなしみが
アスファルトのひび割れにしみて
小さなカタバミの花が
そよぐ

あなたの歩む道が
あらしの荒野につづくときも
小さなカタバミの花は
見ている

学ぶ楽しさ

 ある町の大変優秀なALTさんから悩み事相談を受けた。幼稚園で英語を教えている。ところが、小学校では英語の時間は学期に二回しかなく、折角の早期英語教育が途切れる。こんなことに意味があるのだろうか。
 私は、幼稚園で習った英語が楽しかったという思い出だけ子ども達に残してあげて欲しい、それだけで十分です、とお答えした。
 英語は好き嫌い、得意不得意が極端に分かれる教科である。これだけ英語教育に時間をかけながら、日本の英語教育がほとんど人生の役に立たないのは、教育の根本思想が間違っているからではないかと私は思う。
 英語に限らないが、「学ぶことの楽しさ」の体験が無ければ、子ども達、学生達の主体的な学びは育たない。強制されてする勉強は生きる力にはつながらない。
 「たんぽぽ」で日々面会するのは、学ぶ楽しさを体験できなかったためにつまずいた、よく勉強のできる子ども達である。こんな不幸を再生産し続ける「教育」に、いい加減で決別しなければこの国は滅ぶ。
 学ぶ楽しさはどうしたら体験できるだろうか。教え方がうまい、というのも一つの考え方だろうが、私の「体験」で言えば、先生が好きになることが先ではないかと思う。授業の改善以前に、生徒との良い人間関係、信頼関係を築くことが大事だということ。
 これは、私のやっているカウンセリングにも通ずるな。うまいカウンセリングをする前に、クライアントさんの信頼を得る人間であることが必要だな。
 昨日、あるクライアントさんから決別の言葉をいただいた。信頼を裏切った私はカウンセラー失格である。

死について

死について


ぼくは生まれながらの臆病者で
小学生の頃から夜がいやだったな
人はいつか死ぬ
その先にあるのは永遠の暗黒と沈黙にちがいない
そう考え出すと怖くて眠れなくなった
怖くても、誰にも話せなかった
誰もこの問いに答えてくれないと分かっていたから
大人になって、自分で答えを探しまわった
世界にはしっかり答えられる人がたくさんいたよ
例えばダニエル・ゴットリーブというお医者さんはこういうんだ
<死は問題ではないよ ちゃんと生きてないことの方が問題なんだよ>
とてもいい答えでぼくの脳味噌は納得したのだが
ぼくの死の恐怖は納得しなかった
死ぬことは、そんな論理ではないというんだな
死ぬことは、もっと残酷な現実だというんだな
あせったよ
ところが
ぼくの死の恐怖は意外な展開をみた
人生には死よりも重いかなしみがある、ということを
のっぴきならぬかなしみを自分が背負う羽目になって知ったんだ
のっぴきならぬかなしみが
死の恐怖からぼくを解き放したんだ
皮肉なことだが
ぼくは先のことをくよくよ考えなくなった
本質的な意味で恐れるものがなくなった
何より
かなしみを抱えて生きている人々に心を寄せることができるようになった
これは奇跡じゃないか
生きていれば
こんな得がたい幸福のかたちもあるんだ

ピケティ

 3.16付け高知新聞朝刊の「現論」は、佐伯啓思先生の「ピケティブームの意味は」。佐伯先生がフランスの気鋭の経済学者ピケティの思想の核心に触れておられるのはさすが。「ピケティが述べているわけではないが、この本(「21世紀の資本」)が暗示することは経済観の転換」「経済成長の追求を中軸においたわれわれの価値観の転換」、そのとおりだと思う。
 世はまさにピケティブーム。実はぼくの若かりし頃、70年代にも似たような社会現象が起こった。同じくフランスの哲学者サルトルのブームである。マルクス主義を旗印にした革命が世界各地で挫折し、社会運動や労働運動が思想的支柱を失って動揺している時代、サルトルの実存哲学は世界の思想的閉塞感を打ち破るカギとして期待されていた。サルトルが来日した時も日本中が熱狂した。しかし、彼の哲学は難解で、それを適切に噛み砕いて伝え、発展させられる知識人は何処にもいなかった。サルトルの不幸、世界の民衆の不幸である。
 それに比べるとピケティの経済学は分かりやすい。今回は、噛み砕いて、補完して伝えられる人がいる。だからこれをブームに終わらせたくない。今度こそ、私達の古い価値観を転換する契機にしたい。

人生の扉は一つじゃない

人生の扉は一つじゃない


六甲のハーブ園を歩いたね
北野の異人館街でのぞいたギヤマンショップ
唐草模様の対のワイングラスをためつすがめつ
買いかねるぼくにあっさり揃いを買ってくれたね
道すがらキミが話してくれたH・G・ウェルズの物語は
人生の扉を何度も開けそこなった愚かな先輩
ぼくの心に痛く沁みた
キミが幼い肩に背負ってきた重過ぎるかなしみを
代わりに背負うことはできないけれど
そうだよ、人生の扉は一つじゃない
自分らしい幸福にいたる道は
いくつも、いくとおりもある
かなしみを受け容れよう、孤独をいとおしもう
それはキミの痛みを
人への励ましに変えるやさしさをキミにくれるよ
そのやさしさが
もうひとつの扉を押してみる勇気をキミにくれるよ


*H・G・ウェルズ:イギリスの作家(1866-1946)、物語は「緑の扉」

心豊かに生きる

 昨年末に、クライアントさんから竹鶴を1本頂いた。私には縁の無い上等のウィスキー、大事に大事にとっておいたが、とうとう昨夜、封を切った。ウィスキーは、味、香り、口当たり、うまさの総合点では酒の王様だと思う。竹鶴は期待に違わなかった。しかし、これ1本を飲み切ると、弱り気味の私の肝臓は一段とダメージを深めるだろう。思案していた矢先、丁度いいところに古い飲み友達がやってきた。少し未練はあったが、彼に差し上げた。私には一升千円の焼酎がふさわしい。
 「たんぽぽ」にはアルコール依存の方もお見えになる。私自身も依存症に近いので、格別の親しみが湧く。人間は弱い生き物。アルコール依存に限らず、私達の弱さが様々な依存症を引き起こす。
 何によって癒すか。何によって防ぐか。
 教育の重要性を説かれる方が圧倒的に多い。私の考え方は少し違う。小さな時から様々な喜びをたくさん体験し、人生を心豊かに生きる術を身に付けること。つまり、自然の中で朝から晩まで遊びほおけること。
 人生には、アルコールやスマホやパチンコよりも楽しいものがたくさんある。それを知ることができるのは、自然の中の遊びだけ。自然の中の遊びの絶対的不足が、現代の子ども達、若者達を不幸にしている元凶だと私は思う。学校教育でこれを是正することはできない。
 人生を心豊かに生きる術の最たるものは何か。
 困っている人を助けること。私は、クライアントさんの悩みを心ゆくまで聴き続ける。解決することはできないが、哀しみを共にすることはできる。お帰りいただく時、クライアントさんの肩の荷が少し軽くなっていることを感じる時ほど、大きな喜びは無い。救われたのは私だと思う。
 麻耶雄嵩さんは「人間は余裕のあるときにしか他人を顧みない」と書いておられるが、私の経験ではこれも少し違う。私の生活に余裕は皆無。そのゆえに、自分が絶体絶命であるがゆえに、人様の哀しみを受け止めることができている。
 心豊かに生きることは、どんな情況に置かれてもできるものだな。そう言えば、昔々読んだフランクルの「夜と霧」の中で彼が語っていることも、こういうことだったのだなー。

アレチノギク

アレチノギク


ぼくは手も上げられない引っ込み思案の一年生だった
授業中にウンコになった
先生によう言わんずつもじもじしていた
身体をよじってこらえたよ
「ひろすみは、教室でクソひった」
それがぼくの生涯のコンプレクスになった

ぼくが打席に立つと
背後から友達の声が飛ぶんだ
「ひろすみ、打つなよ!打つなよ!」
審判は味方がやっているから
バットを振らなければフォアボールで出してやるとい
う意味だ
ぼくは一度もバットを振ることなく小学校を卒業した

中学生になるとみんなワイシャツの腕まくりをして学
校へ行く
あこがれの女の子もいる
ぼくもワイシャツが欲しかったな
貧しいおやじがようよう買うてくれたが
長く着れるように大きいのを買った
だぶだぶのワイシャツで腕まくりはできなかった

大人になったぼくは運命的な不幸を背負った
子どもの頃からの劣等感もしみついている
不幸や劣等感は人をダメにするだろうか
違うな
不幸や劣等感が、人生で一番大切なものをぼくに育くん
でくれた
それは、人の心の痛みを自分の痛みに重ねる「想像力」

アレチノギクの小さな花は
いつも
人の心の痛みを受け止めてしなるんだ
アレチノギクの小さな花を
そっと
おとずれる虫もいるんだ

おのればえ

おのればえ


 いよいよ畑中毒になってしまったなあ。ヤブカやブト(ブヨの方言名)、追っても追ってもしつこくつきまとうアブもなんのその、雨が降ろうが火が降ろうが、汗と泥にまみれようが、一向に苦にならない。
 週末が近づくとそわそわする。明後日は山へ行ける。明日はどこの草を刈って、どこを耕して、何の種を蒔くか、そんなことばかり考えてひとりにやにやしている。休日は仕事が入らない限り、早朝、起き抜けで敏さんと一緒に山へ出かける。
 楢の木の小道に、今年は白い山百合が咲いた。楢のどんぐりもたくさん芽生えた。楢の木の後継ぎを増やしたいので、小さな芽立ちの周辺の草をそっと刈る。大きく育つには何十年もかかるだろうし、その時ぼくは土に帰っているのだから知る由もないが、この節くれだった白い木の幹や、春の淡い新緑の色、秋の黄葉、落ち葉や枯れ枝の恵みを愛する誰かが、この道を歩かないとも限るまい。ドングリは野ネズミが喜ぶだろう。
 小道を登りきると、何はともあれ畑の様子を見て回る。カボチャの雌花は咲いてないかな。草むらの中にごろんと太いキュウリが転びよったらええけんど。ひょっと枝豆がふくらんじょらんろうか。まあ、期待が満たされることはあまりないが、それでもいい。
 ウグイスの声が次第に遠のくと、ホオジロやヤマガラ、油蝉、ツクツクボーシ、ヤマのオーケストラの主役が季節を追って変わる。山は音で満ちているが、この喧騒は人工の音で疲れた五感を癒す不思議な静寂をくれる。
 野良着に着替える。敏さんとコーヒーを飲んで、パンを焼いて、卵をゆでて腹ごしらえをしながら、山はいいね、山はいいね、を繰り返し、さて、仕事にとりかかる。
 今年の夏作は期待した「異変」がなく、タイモがそこそこできただけで、ナスもキュウリもシシトウもだめだった。インゲンもササゲも、夏に強いモロヘイヤさえ今ひとつ。伸びる草に、草刈りは相変わらず追い付かず、野菜は例によって草の海に没し、「おばあちゃんの胡麻」も、今年はかわいそうに草の下で小さな花を咲かせることになってしまった。
 人間が作り上げた作物は野生にはかなわない。耕さず、草を抜かず、肥料の大量投入をしないで育てるのは難しい。自然農法への道ははるかに遠い。
 だが、希望はある。頼もしいのは「おのればえ」だ。夏の葉物野菜の主力であるツルムラサキは自然発芽してくれることがわかった。黒く実が熟れるまで畑に放置しておけば、自然に落ちた実が翌年の春、槍の穂先のような鮮やかな緑の双葉を出す。わざわざ種を取って保存して蒔く手間がはぶけ、とても丈夫な苗が育つ。
 青紫蘇は、実が入ってから刈り取った枝を、畑のあちこちに横たえておく。これはほとんど野生のままのようで、虫も病気もなく、丈夫なことこのうえない。こんなものにまで農薬を使わなければならないこの国の流通と消費は完全に病んでいる。
 畑に埋めた生ゴミからは、カボチャが毎年何本か芽を出す。草むらに勝手に蔓を伸ばし、知らぬ間に二つ、三つは実を結んでくれる。
 タイモやジャガイモは、畑に取り残したのが思いがけない所で芽を出し、少し土を寄せてやれば、たくましく育つ。
 我が家のタイモは、土と生命を守る会で購入したもので、美味しくて丈夫なのでそれをずっと種芋にして栽培してきた。ところが昨年、大事な種芋を畑に行く途中で紛失した。時々やることだが、車のトランクに載せたまま悠々と発車してしまった。これでは山に行き着くまで持つ訳がない。
 仕方なく昨年は種屋で「メアカ」を購入して植えた。ところが、畑の中に残っていたイモが二株、三株小さな芽を吹き、それで今年の種イモは見事に間に合った。ものの本で調べると、「土垂れ」という種類らしい。雨の多い今年はタイモにとって幸運の年だ。さあ、もうすぐ芋煮の季節だ。
 親の庇護も、家族親族の縁も薄い、思えばぼくも貧しいおのればえだが、自分の選んだ野っ原に自由に根をおろせた。あっちこっちに血よりも濃い水が湧いていた。その水が、少し性根は曲がったけれど、曲がりなりにぼくを育ててくれたみたい。

カタクリの花


 カタクリの花を見たいと思う。
 土佐の里山では、カタクリはそれほどめずらしい植物ではない。ぼくの故郷の池川町あたりでは、比較的高い山の影地で普通に見ることができた植物である。けれどなぜか、美しい赤紫の花の実物を見た記憶がぼくにはない。
 子どもの頃、近所の酒屋へ量り売りの味噌を買いに行くのがぼくの役目だった。泥棒も万引きもない平和な田舎町で、店先に人がいないことの方が多い。「ちょうだい」という声をかけるのが、あの頃、子どもが店へものを買いに入る時の「ごめんください」に当たる言葉で、大声で何回かそう呼ぶと、店の奥からやおら、おんちゃんかおばさんが出て来る。時には樽屋をやっていたおじいさんが出て来ることもあった。
 あの頃は味噌や醤油、食用油といったものはなぜか酒屋が扱っていた。おんちゃんが味噌の入った大きな桶の蓋を取ると、ぷーんと味噌のいい匂いがした。持参した皿に味噌を盛って、秤にかける。買う量はいつも百もんめ。帰り道でほこりがかからないように、ちり紙を一枚かぶせてくれる。
 小学生の時から定時制高校を途中で止めて、故郷を出て働きに出る年まで、ぼくはその酒屋へ味噌や醤油、油を買いに通った。大晦日には配達のアルバイトもさせてもらった懐かしい店である。
 その酒屋の店先には、滅多に買うことはないが円筒形の紙袋に入った片栗粉も並んでいた。片栗粉という名は付いているが、もちろんジャガイモの澱粉を原料として作られているものである。
 その片栗粉を少量どんぶりに取って砂糖を加え、粉の固まりがないようによくほぐし、熱湯を注ぎながらかき混ぜると、あら不思議、白い粉は見る見るうちに半透明のゼリーとなる。貧しい我が家の、これはたまにしか食べられないかなり上等のおやつであった。
 ぼくの山畑の傍にある小屋の裏手はすぐ急な山で、桧を主とした植林がずっと山の上まで続いている。小屋を建てる平らな土地を作るために山すその一部が削り取られ、そこにできた日陰になった山の岸にカタクリが自生している。みずみずしい艶のある葉が美しい。
 この谷もカタクリに適している土地のようで、山畑に巡り着くまでの山道の脇の木陰のそこここでその姿を見ることができる。
 ぼくは子どもの頃から、その草の姿の美しさもさることながら、その根元に蓄えられているという良質の澱粉、本物のカタクリ粉に関心があって、いつかあの下を掘ってみたいと思っていたので、カタクリにはゆきずりの草以上の愛着があった。
 今はさらにその美しい花を見たいという気持ちも加わったため、いつも畑に至る道路ぶちの林の中の群生や、小屋裏の岸の数株のカタクリに注意している。
 ところが、緑の葉は毎年美しく萌え出て茂るのに、なぜか花にお目にかかったことがない。花の時期をぼくが見逃しているかも知れないが、これだけ興味を持っているのだから、どうもそうは思えない。
 花が咲くには何か特別の条件が整うことが必要なのだろうか。移植の時期はいつがよいのか知らないが、思い切って今年は日向へ出してみようかとも考えている。
 山小屋の周りにカタクリのお花畑ができたらどんなにいいだろう。しかも、いざという時はその根を食べることができる。葉もおひたしにして食べられるそうだ。
 絵や写真で見るカタクリの花は、なぜか太陽の方ではなく地面の方を向き、花びらを反り返らせている。野にあって美し過ぎることを恥じているカタクリの花を見たいと思う。

 後日談。
 ぼくがこの文章を書いた頃、母に教えられてカタクリだと固く信じていた植物は、実はカタクリではなかった。山中二男先生の「土佐の植物誌」(高知新聞社)によればカタクリとは別属のウバユリ。ただ、その球根はカタクリと同じように食用になるそうだ。だから、ぼくの母の故郷などでは、この植物をカタクリと呼んでいたのだろう。美しい花の咲く本物のカタクリは、もっと標高の高い、もっと人里離れた山奥に人知れず咲く恥じらいの花のようだ。

はずれた一つこそ

はずれた一つこそ


少年は、生きることの意味を探してさまよっている
少女は、暗いトンネルの出口をまだ見つけられない
キミの、張り裂けそうな孤独がふりかざすナイフを受け
とめるものを
ぼくたちの社会は持ちあわせない
画面いっぱいに丸い座卓
その上にメザシが六匹
中央にかたまって五匹
左上の方に無造作にころがされて一匹
暗い色調の決して美しくはない絵
けれど、孤独な一匹にそそがれるまなざしがある
<はずれた一つこそ、私には意味がある>
この絵を描いた人の言葉を反芻(はんすう)する
キミの、張り裂けそうな孤独がふりかざすナイフを受け
とめるもの
それは、はずれた一つにそそがれるまなざし



*この絵を描いた人:洋画家、四竈公子(しかまきみこ)さん(1935-)

それでも

それでも


キミがいつも聞かせてくれる
徳永英明が少年のような声で唄う
<壊れかけのレジオ>
あの頃、キミがひとりで抱え込んでいた孤独
あの頃、キミがひとりで抱え込んでいた絶望
<遠ざかる 故郷の空 帰れない 人混みに
ほんとの幸せ 教えてよ 壊れかけの レジオ>
深夜のラジオから流れる歌を聴きながら
壊れそうな心の闇におののきながら
キミがひとりで耐えていたものの重さに
二十年も経って気づいても遅過ぎるよね
今さらどんななぐさめも、しらじらし過ぎるよね
それでも
ぼくはキミに伝えるほかないんだ
それでも
人生は生きるに値する、と
キミの孤独と絶望の底無しの深さこそ
キミを希望に誘(いざな)うただひとつの扉なんだ、と

「障害」とは

3.20高知新聞朝刊のコラム「土佐あちこち」に幡多支社森田記者が「障害とは」という記事を書いておられる。そこで森田記者が障害というものの核心に触れる定義をされていることに限りなく共感する。「発達障害者には“健常者”と自任する人の理解不足と不寛容が障害となる」そのとおりだと思う。そう考えれば、精神障害も身体障害も含め、すべての「障害」は健常者の理解不足と不寛容が創り出した「人為的な障害」だとも言える。森田さん、こういう視点を持って記者人生を生きれば、出世するしないは別にして、心豊かに生きることができます。

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