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街の忘れもの

街の忘れもの


高知市の北のはずれ
加賀野井にしばらく仮住まいしている
職場まで歩くには少し遠過ぎ
歩道の無い狭い道路にあふれる車で身の危険を感じる
こともあるが
歩かなければ分からない
朝々の楽しみがある
喧騒(けんそう)の街の小さな忘れもの
代掻(しろか)きの終わった田んぼに浮かぶ桜の花びら
失礼と思いつつのぞかせていただく
フキや雑草が茂るにまかせた小さな家の庭
この前は畑と家の間を縫う細い抜け道も見つけた
四月は入学の季節
新しいランドセルを背負った一年生と道連れになる
交差点をきちんと手を上げて渡る姿や
意地悪く突然駆け出すお兄ちゃんを必死で追いかける
様子がほほえましい
久万川の中洲には
鴨の親子がのんびり憩っている
彼らはあきらかに
弁当の入ったリュックを時々ゆすり上げ
せかせかと歩く初老の男をあわれんでいる
営林局の庭のケヤキに、さ緑の新芽が萌えた
今朝はその下で竜平くんに会った
「いいもの見つけましたか」
彼はぼくが忘れものを探しているのを知っている若者
「うん、見つけたよ」
彼には言わないが
今朝一番の収穫はキミに会えたことさ
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祈り

祈 り


昼休みになると
ぼくは廊下の隅にある公衆電話に向かいます
寄る年波で物覚えの悪くなったぼくが
十一桁の番号をすばやく押します
受話器の向こうに
トンネルの中をさ迷っているあの子がいます
よく眠れたかい?
お弁当は食べた?
おいしかった?
買物はないかい?
あれこれ必死で楽しい話題を探し
なんとか会話をつなぎます
これからオーラをおくるからね
受話器を置いて事務室に帰ると
あの子の家の方向に向かって手のひらをかざし
手のひらをすり合せ、渾身の力をこめて
オーラが届く様子を想像します
ぼくは聖者ではありません
ぼくのオーラが届くかどうか分かりません
自分にふりかかる不幸や不運には
どんなにつらくても耐えられる
しかし、小さな人のかなしみはどうしてやったらよいだろう
胸にこたえる、なすすべがない
人には、祈るしかないときがあります
祈りたいけど、ぼくには神様は無い
ぼくは近頃、なりふりかまわず
ぼくの知る一番神様に近かった人
親不孝の果てに亡くしたぼくのおふくろに祈るようになりました
どうぞあの子を、守ってやってください
ぼくの祈りが神様に届くかどうか分かりません
でも、あの子がいつか
誰かのために祈る日がくることを信じています



肥後スミレ

肥後スミレ


二番目の子どもが生まれることになったとき
ぼくたち夫婦は早くから名前を決めていた
男の子なら未知生(みちお)
女の子なら未知(みち)
人生という未知の荒野を
おそれなく歩んでほしいという願いを込めていたのだけれど
未知さんが中学生になった頃から
ぼくたち家族は本当にあらしの荒野を歩むことになり
未知さんの小さな肩に
重過ぎるかなしみを負わせてしまった
それでも未知さんは黙々と歩いてくれた
泣かなかった
グチも言わなかった
あどけない笑顔が、暗闇をさ迷う家族の灯台だった
ありがとう
君の心の傷をつぐなうことはできないけれど
今、心をこめてあなたの好きな肥後スミレを植えます

花の名前

花の名前


なぜか
街角でたまに見かける
庭先に茂りほうだい、無造作に咲いている
白い一重の小さなバラの花にあこがれていた
ようやく枝を手に入れて
挿し木してみたが、うまくいかない
嘆いていたら、上岡先生が二鉢持ってきてくれた
一鉢は、少し土で汚れているのが恥ずかしいけれど
白いバラの花に似ている上田真弓さんにさしあげた
真弓さんは故郷の梼原の家の庭に植えてくれたそう
もう一鉢は、山の畑の隅に植えた
さあここで、気がねなく茂っておくれ
白い花をたくさん咲かせて
ひとりで畑を耕す寂しい詩人を喜ばせておくれ
朝日新聞の「花折々」によれば
この白いバラには
ナニワノイバラという立派な和名がありました
そうか
野(の)茨(いばら)だからうつくしいんだ

詩の書き方

詩の書き方


さて、どう書くか

上手に書こうと思ってはいけないよ
詩は下手な方が上手
むつかしい言葉を使ってはいけないよ
やさしい言葉ほど、キミのやさしさが伝わる
古い歯ブラシで二、三度こすると
言葉にあたらしい意味が宿るんだ

さて、何を書くか

詩のタネはキミの身の周りの至る所に
見つけようとする人にだけ、それは見つかる
ひとりで食べた朝ごはん、円満橋の下に群れるボラ
歩道に咲く小さなスミレ、街ですれちがった美しい人
詩のタネはキミの心の扉をいつもたたいている
ドアノブは心の内側、だから開けるのはキミ自身

さて、何のために書くか

詩を書くことよりも
人生をよく生きることの方が大事だよ
恥をさらすことをおそれないで
透き通るかなしみから目をそらさないで
今日一日、孤独に耐えた自分を励ますために
それがどこかで誰かを励ますことを信じるために

さあ、これで
今日からキミは詩人、そして、ぼくの友達です



希望の見つけ方

希望の見つけ方


国見産婦人科の駐車場の隅に
まだ壮年の立派なケヤキがありました
通勤の道すがら
早春のさ緑、ホウキを逆立てた冬の姿に元気をもらう
ぼくの大切な友達でした
それが残念、おととしの暴風で根元からポッキリ折れました
その後に植えられたのが株立ちのヤマボウシです
まだ若い木ですが、去年にはもう白い花をつけ
ぼくの新しい友達になってくれました
今朝見ると、緑の新芽が伸びています
今年の春は、浜ちゃんも金子覚さんも横山課長も
仲良しの人がみんな職場を去って行き
ちょっと寂しく、老骨ひとり孤塁を守る
でも、もう少しするとヤマボウシが咲きます
<希望、絶望、希望、絶望、希望>
誰もいない早朝の静かな事務室で
「青」に載せる千絵さんの詩をタイプしながら
ぼくの希望が咲くのを待っています

ブランデーの飲み方

ブランデーの飲み方


阪本さんの下宿は中村の町はずれ
後(うしろ)川の堤防に突き当たる桜町にあった
どぶ川にかかる朽ちた丸木橋
日当たりの悪いアパートの万年床の上で
三木清、南方熊楠、キェルケゴール
人生、学問、哲学、宗教
ぼくたちは、ぽつりぽつり言葉を交わした
『本ちゅうものはのう、買うて置いとくもんやで』
ブランデーを初めて飲んで咽せた
『こいは飲むもんじゃない、香りを楽しまなあかん』
教えていただいたものあらかた忘れてしまったが
つん読のすすめとブランデーの飲み方
それだけ覚えている
それだけ覚えていれば
人がよく生きるには十分だよ



*阪本さん:青年時代、高知県水産業改良普及員として幡多地方で活躍された阪本俊雄さん

自分の殻の破り方

自分の殻の破り方


もじもじぐずぐず自分をごまかして生きてきた
心の傷に塩をすり込む勇気なんかなかった
貧乏、屈辱、劣等感で塗りつぶされた思春期を
ぼくは孤独にさまよってた
どこかに自分の居場所はないか
どこかに自分を認めてくれる人はいないか

桟橋通り三丁目の、楠がうっそうと茂る古びた校舎
仕事場からそのまま駆けつけるので腹がへったな
重ね着をしても真冬の寒さは骨身に沁みたな
くたびれて居眠りする生徒、やくざを気取る生徒
そこで、そんなぼくらに
ひたむきに向き合う国語の先生に出会った

先生の作文の時間に生れて初めて
何のためらいもなく
ひたかくしにしてきたぼくの劣等感の数々を
たどたどしく原稿用紙に綴った
その時、ぼくの魂を閉じ込めていた殻が
めりめり音を立てて壊れたんだな

先生はぼくのかなしみを受け止めてくれた
自分を分かってもらうことの喜びを初めて知った
そこに昨日までとちがう自分がいた
文章を書く、とはそういうことだったんだな
信じられる人に出会えたから
恥ずかしい真実を書くことができたんだな

さまざまな人生のハードルの前で生きなずむキミ
信じることができる人はキミのそばに必ずいる
キミが求めるならその人は必ず見つかる
その人を見つけて心を開こう
そこでキミは
昨日までと違う自分に出会うんだ

ぼくのオヤジの貧しい故郷の野辺に
白い花の咲くゲンノショーコが群れていた
その遠い記憶を文章に書いたら先生が葉書をくれた
<我が家の庭にたくさんあるから取りにおいで>
まだ取りに行かないが
ぼくの心の中にはもう白い花が咲いているんだ

恋愛のし方

恋愛のし方


極端な引っ込み思案で無口
不器用で赤面恐怖症、軍艦アタマで短足
仁淀高校の国語の教師は名指しで
劣等感のかたまり、とぼくに言ったことがあるよ
それでも男だから
やたらめったら異性にあこがれたけれど
あこがれられたことは一度も無い
そんなぼくでも
一度だけ恋に落ちることができた
なぜだと思う?
孤独で寂しい自分が好きだったからだな
内気で無口な自分を信じていたからだな
オレはいつか、ひとかどの詩人になる
オレはいつか、革命家になる
オレは人とちがう生き方をするんだ
そう思い続けていたからだな
キミが自分を好きになるとき
キミが自分を信じるとき
キミを恋してくれる人が現われる

文章の書き方

文章の書き方


文章を書く、前に
借り物でない自分の考え方を持つことが大事だな
誰にも左右されない自分のものの見方が必要だな
どうしたらそれができるか
孤独を恐れないで生きることだよ

文章を書く、ということは
恥ずかしくて誰にも言えないことを文字にすること
そのためにほんの少しの勇気を持つこと
どうしたらそれができるか
信ずることができる人を見つけることだよ
その人はキミのそばに必ずいるよ

文章を書く、とどうなるか
キミが書いた文章は羽が生えてひらひら飛んでいき
それを読んだ誰かにほんの少しの勇気を贈る
それに勝る喜びは人生に無いよ

人生の

人生の問題の解き方


抜き差しならぬ人生の問題を抱えて生きてきた
数学の問題は、どんな難問でも専門家なら解ける
人生の問題にも
哲学者とか、宗教家とか、それらしい専門家はいる
彼らの書いた本を読んで分かったことがある
ぼくの抱えている問題は、彼らにも解けないということ
人生の問題は、自分で解くしかないんだな
どうしたらええろう?
若いころのぼくは、ジタバタ悩んで頭の毛が抜けた
中年のころは、夜中にひとり詩を書いてなぐさめた
晩年が近づいたある日、はたと気が付いた
神様は問題をまじめに解こうとする人には
次々に難しい問題を出す、良くない趣味をお持ちなんだ
そうとは知らず、ぼくは必死で問題と格闘してきた
人生の問題に解決できるものなんかない
ぼくにできることは、精一杯、それだけなんだ
一生懸命、それだけなんだ


*嬉しいことがありました!今日ブログ拍手が二つ、昨日三つ、ぼくには記録的なこと!元気が出ました!読者の皆様、孤独な老詩人に拍手をください!

道の歩き方


ギリヤーク人の住んでいる北の荒野に
文明は立派な道路を切り開いた
ところが彼らは一向にそこを歩かない
すぐかたわらに歩きやすい道路があっても
彼らは難渋するぬかるんだ荒れ野を進む
頑(かたく)なに文明を拒絶しているのではない
道というものの概念が違うのだ
彼らの道は、ただ通り過ぎるためだけではない道
彼らの道は、ただ歩くため以外の意味を持つ道
そして、私たちの想像力の外にあるその道こそが
私たちが失くしてしまった本当の道かもしれない
とすればキミは
道をはずれたことを嘆くにはあたらないのだよ
はずれたからこそ見えてくる道があり
そこにこそ
キミの行くべき本当の道があるのだよ



*ギリヤーク人:ロシア極北の少数民族、村上春樹「1Q84」から

語らずに終わっただろう多くのこと

語らずに終わっただろう多くのこと


ぼくは全く思いもかけないところで
あの「にんじん」の作者
その名さえうろ覚えであったルナールに出会う
名前だけしか知らなかったチェホフに
名前も知らなかったマンスフィールドに
あの人たちの孤独と沈黙
語らずに終わっただろう多くのこと
弁当袋を肩に出かける憂鬱な朝
濡れしょぼくれてはりまや橋で乗換えの電車を待つ夕
ぼくは心の中でつぶやいてみる
So this is what life is,is it?
<これが人生というものか>
いい言葉じゃないか
あの人たちが語らずに終わっただろう多くのことに想いを馳せると
いつもと違う人生が見えてくる



*阿部昭「短編小説礼賛」(岩波新書)から

連銭草(かきどおし)

連銭草(かきどおし)


ミゾオチの辺りに鉛のようなかなしみを抱えた頃から
人様の心の痛みに自分の痛みを重ねられるようになった
それからようやく
ぼくは生きることの意味が分かった気がするんだよ
生きるとは
自分の弱さをさらけ出すことなんだな
自分で自分をゆるすことなんだな
人間は弱いのが当たり前
今のままのぼく
今のままのキミ
弱さをさらけ出すことができたとき
自分で自分をゆるすことができたとき
その先に開ける道がある
貧しいおふくろの胸の痛みを癒してくれた
連銭草の花咲く道がある

サムデイズ

サムデイズ


その言葉がやけに心にひっかかるんで
何という意味か加州雄くんに聞いてみた
サムデイズとは「いつかある日」
という意味なんだそうだ
いつかある日か
そうか
考えてみればぼくたちはいつも
無いかも知れないその日をわけもなく
必ずあるかのように信じて
生きているみたい
そう信じなければとても今日を
生きられないみたい
だからいつも調子っぱずれで歌ってみるんだ
<Somedays are better than Somedays>
下手だけど
歌えばなんだか調子が出るんだ

「君看(み)よ双眼の色」

「君看(み)よ双眼の色」


鍵山秀三郎さんがくださった本にこの詩が載っていた
この詩を読んだ感想を新聞に書いたら
Y先生がお便りをくださった
<心が悲しみに満たされるとき、いつもこの詩が心に浮かんでくる>
日曜日の詩を読んでくれているお母さんからもお便り
をいただいた
<この詩のことを書いている人は、心に大きな悲しみを湛えている>
三浦文隆先生が、水上勉の「良寛」をくださった
「君看よ双眼の色」が出てくるページに付箋を貼ってくださっていた
どなたもかなしみの中身は語られないが
語らなくても、それぞれのかなしみは人の心に伝わる
今朝は電車賃をほんの少し節約するために
鴨部の電停で降りて大学まで雨の中を歩いた
十年履いたぼくの靴底がひび割れて雨水が沁みた


*鍵山秀三郎さん:トイレを磨く活動を全国で黙々と続けている人

方向音痴

方向音痴


いつも、お便りをありがとう
ぼくは人を導くほど偉くありません
道はほとんど間違えてばかり
人生まで方向音痴でおおかた終わり
でも、人の行く方には行かん、という
偏屈な方向音痴は案外大事かな
ただいま午前六時過ぎ
東の空をほのかに染める朝焼けを見ながら
あなたのことを想い
今朝も柳原橋を渡っています

幸福磁石

幸福磁石


智恵さんは
<そこら中の不幸をひきよせ
くっつけ歩いているんじゃないかと>
思うことがあるそうだ
世の中の不幸は
誰かに集中してふりかかる傾向があるんだな
ぼくもその傾向がある人間らしくて
さあいらっしゃい、いらっしゃい
不幸の問屋の六十年
やけくそで呼び込みをしていたが
智恵さんの詩を読んではっとした
<僕の後を来る人が
そのぶん幸福ならいいんじゃないか>
ぼくは不幸に出会うたび、自分の運命を呪ったけれど
そのたびにかなしみを共にしてくれる人が現れた
ぼくの磁石はてっきり不幸磁石と思っていたが
幸福磁石だったかもしれないね


*智恵さんの詩:産経新聞一面の投稿詩欄「朝の詩」から
*このブログに連載している詩は、大崎の詩集「人生の扉は一つじゃない」所収の作品です。ご興味のある方は、088-855-4546にご連絡ください。

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