07
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

教育の本質

 久し振りに西山幸一先生の詩を拝読した。高知新聞の文芸欄に掲載された「あの時」、こんな詩。

 君は一歩一歩/ 階段を上がっていった/ あの時、僕は/ 僕の声掛けや/ 支え方に/ 目が行っていた
 しかし/ 君の足の出し方や/ 手の握り方が/ 僕の声の出し方/ 手のつなぎ方を/ 伝えていたのだ

 西山先生は特別支援学校の教員である。この詩は教育というものの本質を暗示して深い。教育の主体は教師ではなく子どもである。子どもは教えられて育つのではない。自ら育つ力を秘めていて、「あの時」が来た時、自ら大きく育つのである。その瞬間から学ぶのは教師の方である。子どもと教師の間にそういう関係ができた時、教育は実りあるものになる。
 と、ぼくは思うのだけれど、そんな風に考える人にはなかなか出会えない。
 さあ、今日は”たんぽぽ”をどなたが訪ねてくださるだろう。どんなドラマが幕を開くのだろう。たんぽぽの朝の幸せ。
スポンサーサイト
Secre

たんぽぽ教育研究所のサイト

こちらをクリック!
たんぽぽ教育研究所

最新記事

カテゴリ

リンク

QRコード

QRコード