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われは愚人の心なるかな

われは愚人の心なるかな

                            大 崎 博 澄


 たんぽぽ教育研究所に素晴らしいお部屋を提供してくださっている会社の入り口、下駄箱の上に、そこを訪れる人の誰もが目にすることができるように一枚の色紙が置いてある。
 「夢しか実現しない・福島正伸」社員さんや多くの名も無い人々の夢の実現の後押しをするのが、ここの社長さんのポリシーである。かく言うぼくも、その全面的なご支援のおかげで、たんぽぽ教育研究所を開設することができている。思えばこれは、本当に夢のようなこと!
 ぼく自身は日々、“たんぽぽ”でたくさんの幸せを頂いているが、皆様から頂く数々のご支援に値する仕事ができているかどうか、社員の皆様のご労苦に報いる仕事をしているかどうか、これはぼくの頭をいつも離れない不安である。
  “たんぽぽ”でぼくがやっていることは、まことにささやかなこと。たかが知れている。取るに足りない。しかし、かなり風変わりではある。ぼく以外には、こんなことをする人はこの国にはいないかも知れない。
 例えば、子どもや孫が学校へ行けなくなって慌てふためいているお母さんやおばあちゃんを、子どもが学校に行けるようにすることを問題解決と考えない、親と子が確かな心の絆を結ぶことが一番大事、そういう考え方を心の底に持ちながら励ましてきたこと。
 学校や教育委員会と対立する関係に追い込まれて孤立した母と子、モンスターペアレントに仕立て上げられた保護者を、問答無用、無条件で支持する立場に立ち続けてきたこと。
 労災認定で、巨大な権力機構に翻弄されている貧しい若者を助けてくれる弁護士を懸命に探したこと。
 どこにも悩みを相談する先が無い精神疾患の若者の電話を、自分もしどろもどろになりながら取り続けること。
 時折、公の場で、現実に生きている子どもの哀しみを置き去りにしてはばからない教育や人権の「当たり前」に異を唱えること。
これらはまさにタブーに触れること。
 ぼくは弱そうに見えるでしょ。実際そのとおり。長いものには簡単に巻かれるし、危ない橋はできるだけ渡らないし、身の危険からは巧みに逃げまくる卑怯者。
 それなのに時々、我にもなく柄にもなく、タブーに触れることがある。
 オレは馬鹿だなー、と自分で思いながら、已むにやまれぬ大和魂、という心境に時々なる。勇ましい正義感や考え抜いた決断からではない。ちょっとした強がり、もののはずみ、おっちょこちょい。
 折に触れて「老子」を読んでいる。と言っても、ろくな学校に行ってないので漢文を読み下す基礎的教養が無い。訳文と照らし合わせながら、大意を考えるような読み方しかできない。
 それでも、「老子」は面白い。時々、とんでもない過激な思想や、自分を取り繕わない本音が語られている。
「老子」二十章に、突如として、世間の人と引き比べて、あまりに世渡りの下手な自分を慨嘆する言葉が書き連ねられている。その中に、ぼくにでも読める、まことに人間的な言葉が挟まれている。
「我は愚人の心なるかな」、オレは馬鹿だなー。これはぼくがときどき漏らす言葉と同じ。
 ぼくは、老子の時折見せる過激さと共に、この弱さを隠さない人間味が好きだ。
「老子」はあまりに遠い昔に書かれたものなので、時代背景が違い過ぎ、そのまま翻訳してもその魅力を十分に伝えられない。ぼくにもう少し漢文の素養と時間があれば、自分で翻訳するのだがなー。したいなー。
「俗人は察察たり。我独り悶悶たり。」「衆人は皆以(もち)うる有り、而れども我独り頑なに鄙(ひ)なるに似たり」、ここを読むと意味は 完全には分からないけれど、老子の抱いていたコンプレクスはしみじみとぼくに伝わる。
 55年前、ぼくは先年廃校になった県立仁淀高校に、片道三里の山道を自転車で通っていた。国語の教師に川上という立派な先生がいた。授業は明晰、長身で男前、組合運動の闘士、奥様は美貌、非の打ち所の無い川上先生がある日、ニタニタしながらぼくの方を見て呟いた。「劣等感のかたまり」。
 おお、さすがだなー、と思った。別に腹も立たなかった。極貧の暮らし、容姿も腕力も最低、人前でものも言えない。あるのは裡に秘めた抵抗の詩精神だけ。だからぼくは本当に分かるのだ。「我独り頑なに鄙なるに似たり」という無名のじいさん、老子の孤独が。
 老子の思想の真髄を伝えるラジカルで完璧な翻訳をしたい。「超訳 老子」、それが、ぼくが今抱いているささやかな夢である。
我が社長さんによれば、夢はいつも口にしていると実現するものだそうだ。お金は無いが、時間だけならもうしばらくはありそう。読者のみなさん、ぼくの「超訳 老子」の実現を待っていたくださいね。
 いい年をして、こういうことを本気で考えるオレは馬鹿だなー。でも、愚かなぼくも夢は見るんだ。夢しか(・・)実現しないんだ。

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