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<せんせい、どうしておこらんが?>
 ご病気で休んでおられたY先生が4月から職場復帰することになったという嬉しいニュースを提げてたんぽぽを訪ねてくださった。表情も明るく、お元気そう。話はそれからそれへとはずんだが、ことのほかぼくの胸に響いたのは、復帰プログラムで出会った、てこに合わんいたずらっ子とのやりとり。
 子どもは叩いたり、蹴ったり、Y先生に乱暴の限りを尽くす。先生はにこやかに、なされるがまま。「せんせい、どうしておこらんが?」子どもはとうとうそう口にした。
 彼がこれまでに出会った先生や大人は、いたずらをするとみんな怒った。この先生はなぜ怒らないの?
Y先生は何の意図もなくぼくに復帰準備の日常の一こまを語られたのだが、この子どもの言葉はぼくの胸にズシンときた。そうか。教育とは子ども達の声にならない声を受け止めることなのか。叩いたり、蹴ったり、殴ったりする以外に、あの子どもには自分の思いを伝えるすべが無いのだ。その声にならない声を聞くのが、先生の、ぼく達おとなの務めなのだ。
 Y先生にまたひとつ、教育の真髄を教えていただいた。
 世の中では怒声や腕力で子どもを鎮圧する先生が指導力があるとされている。それがこの国の教育の主流だが、さて、この場合の指導とは何だろう。それは教育とは似て非なるものではないだろうか。
 この春、子ども達の、声にできない声を聞いてくれる先生がひとり教室に復帰される。ご苦労はあるだろうが、この国の子ども達のために、そのことがとても嬉しい。Y先生のご健勝を心からお祈りします。
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