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シュタイナーのクリーム・野いちごの場所で・34

野いちごの場所で・34・シュタイナーのクリーム

                       大 崎 博 澄

 まだ、ぼくの名前を覚えてくれている方がいて、今でもたまに講演のご依頼をいただく。
最近ようやく少し慣れてはきたが、ぼくは昔から人前で極端に緊張するタイプの人間なので、いつまでたっても講演は得意ではない。
 ただ、教育や子育てにしろ、不登校やひきこもりにしろ、少年達の心の闇の問題にしろ、人間の生き方にしろ、ぼくでなければ問題の核心に触れることは語れない、と確信しているので(なんという傲慢!)、講演のご依頼をいただくと素直に嬉しい。万難を排してどんな小さな集まり、どんな遠くでもお伺いする。
 もっとも、いつも成功するとは限らない。失敗することの方が多いかな。打率三割くらいかな。会場の皆さんの反応で成功か失敗か、おおよその見当がつく。
 ぼくとしては、時たま笑っていただけると嬉しい。それを期待してお話の中にユーモアはひそませている。しかし、「生きる力を育む子育て」とか、「子ども達の心の闇にどう向き合うか」とか、「子どもの人権を守る」とか、くそまじめな人間が、くそまじめを貫徹したお話をするので、笑いが取れることはまれ。
 そこで、講演が終った後、会場の皆様のお疲れ具合を見て、時間が残っていれば少し笑っていただこうと、ぼくの人生の収支決算を報告する。
 <支出の部・失ったもの>
 髪の毛。なんと眉毛も。なけなしの老後の蓄え。自分のために使う時間。テレビのチャンネル権。日曜日の午後五時三十分からの「笑点」をコップ酒を片手に見たいと思うが、それさえままならない。寅さんも、クリント・イーストウッドも、「釣りバカ日誌」も「必殺仕事人」も見られない。まじめ一方の話が急にくだけて戸惑っているお客様が、この辺で少し笑ってくれる。
 <収入の部・いただいたもの>
 顔のシミ。顔のシワ。お腹の脂肪。この辺で爆笑になるが、話は再びまじめになる。いただいたもの、多くの皆様の善意、たくさんの皆様の支え、取り返しのつかぬ不幸を背負った孤独な老人の不思議な幸せ。
 <差し引き・我が人生は若干の黒字>
 先日、“たんぽぽ教育研究所”がお世話になっている会社の新入社員さんと思われる方から、思いがけないお手紙をいただいた。ぼくの詩集「人生の扉は一つじゃない」のご感想。
 <○○町でマンションの清掃をしています。新人研修で社長さんより詩集を頂き、仕事の合間に読んでいます。2、3年前から詩集をポツポツ読んでいたのですが、ようやく冬の夕暮れのような、なつかしさやあたたかさを感じる詩集に出会えました。読んで泣く度に、私は新しく生まれかわり、そうして優しさがわいてくるようです。>
 昨年亡くなったぼくの好きな詩人長田弘は、大きな出版社からたくさんの立派な装丁の詩集やエッセイ集を出している。どれを読んでみても、明らかに彼の文学的、あるいは思想的力量はぼくより劣ると思うのだが、ぞうくそがわりいことに、ついつい彼の高価な本をぼくは買ってしまう。彼の持っている何かに、ぼくを惹きつけるものがあるのだろう。
 どの本の最終ページにも、臆面もなくこういう著者紹介が載っている。
 「詩人。早稲田大学第一文学部卒業。北米アイオワ大学国際創作プログラム客員詩人。毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞、講談社出版文化賞、詩歌文学館賞などを受賞。」
 ね、嫌味な奴でしょう?ぞうくそがわりいでしょう?こんなことを平気で載せることだけでも、長田弘の心根の卑しさが分かるでしょう?でも、なんとか文学賞というようなものを、一生に一度くらいはもらってみたいと、実はぼくも思っている。長田に負けず劣らず、ぼくも卑しい。
 さてしかし、この新入社員さんのお手紙、<冬の夕暮れのようなあたたかさ、読んで泣く度に生まれかわる>、これはなんとか文学賞をもらうよりも、もっと嬉しかった。無名の市民、正真正銘の現場で汗をかく人からいただいた言葉だもの。
 あまりに嬉しいので、お礼状に添えてぼくの最新エッセイ集「生きることの意味」をお送りした。そしたら今度は、封筒に入った小さな箱が送られて来た。何あらん、開いてみると、ドイツ製のクリーム。
 しかも、能書きを読むと、この製品はシュタイナーの人智学に基づいて作られています、とのこと。人智学のことは何も知らないが、シュタイナーは子どもの自然で自由な発育を大切にした偉大な教育者。さもありなん、送り主様の心に触れた思いがした。
 近頃、朝晩、生まれて初めてクリームというものを顔に塗っている。もう歳だから、顔はシワ、シミだらけだが、心なしか、若々しく、男前になった気がする。
 さて、人生もいよいよ秒読み、次の本が出せるかどうかは分からないが、構想を温めている。もし実現の機会があれば、ぼくはこういう著者紹介をしてみようと思う。
 「文学賞にはついぞ縁の無かった無名の詩人。山の畑も高齢で泣く泣く手離した中途半端な百姓。しかし、田中さんにいつも自家製野菜をいただく。河渕さんにいつも上等の湿布薬をいただく。新入社員さんに涙のファンレターとシュタイナーのクリームをいただく。人生で一番大切な人に愛をいただく。取り返しのつかぬ不幸を背負いながら、不思議な幸せを生きる老人」

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