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アマドコロの花言葉

野いちごの場所で・35・アマドコロの花言葉

 現役の頃、同僚や知人から「大崎さんは打たれ強いね」とよく言われた。
 これはとんでもない美しい誤解。あるいは万事に要領がわるいぼくに対する体裁のよい同情。
 ぼくは家庭も仕事も共に、打たれる、打ちのめされる場面が多い人生だった。子どもの時から晩年に至るまで、満遍なく痛い目に遭い通し。いじめられもしたし、よくお叱りを受ける破目にもなった。とりあえず今日はなんとかなっているが、明日はどうなるか分からない。現在もそんな薄氷を踏む生活が続いている。
 ぼくは、並外れて肝っ玉が小さい。権力に弱い。腕力は子どもの頃から、からっきしダメ。
 加えて、品のない強意の接頭語がつくほど真面目。自分で言うのもなんだが正直。愚直。
 その結果、人生はほとんど打たれっ放し。それでも死ぬ勇気も無いから、ふらふら、ひょろひょろでも、生き延びざるを得なかったということ。これは、打たれ強い、というのとはかなり意味合いが違うだろうと思う。
 ただ、ふらふら、ひょろひょろ生き延びるために、自然に身に付いた知恵、自分のための支えはみたいなものはいくつかある。これは、もしかしたら、人生の入り口で、要領のわるさ、不器用さゆえに踏み迷う人達のお役に少しは立つかもしれない。
 
 自分は自分、人の行く方には行かん、という自分の生き方の原則を持つ。
 家は極貧、着るものも食べるものも満足に無い。そのため、ぼくは子どもの頃から劣等感のかたまりだったけれど、なぜかこの生き方の原則にだけは根拠の無い自信を持っていた。世間に流されないで自分は自分の道を進む、という強い自負があった。
 そうだな、そんなに勇ましく、かっこいいものでもなかったけれど、そんな風にでも考えないと、悲惨な自分の境遇を受け容れて立つ瀬が無かったのだろうと思う。
 オレはいつか革命家になる、オレはいつかひとかどの詩人になる、オレは人と違う人生を生きるんだ、いつも自分にそう言い聞かせていた。

  晴れの日でなく、雨嵐の日の友を持つ。
 ぼくはいつも薄暗い家の中でひとりで遊んでいる子どもだった。誰かが誘ってくれれば友達と遊びに行く、ということもたまにはあったが、引っ込み思案で気が弱い。自分から友達を誘ったり、外に遊びに出かけて行くことはなかった。大人になってもこのスタイルは基本的には変わらない。
 ぼくには数多くの友達はいない。人間嫌いというわけではない。むしろ人間が好き。素敵な生き方をしている人をいつも捜し求めている。まれにはファンレターも書く。勇気を出してアタックすることもある。しかし、総じて交友には淡白。去る人を追わない。
闘いに敗れた時、人生に疲れた時、嵐の荒野を独り歩く時、ぼくを忘れないでいてくれる友達がほんの少しいれば、人生はそれで十分。ぼくにはまだあの人が残っちょる、と思えると、人は独りでも生きていける。

 低空飛行の人生でも、志だけは高く持つ。
 ぼくの志は、小さな弱い人を守ること、困っている人を助けること、人の心の痛みに想いを寄せること、人を分け隔てしないこと。
 人生のあらゆる場面で、そんな風に生きられるわけではない。ぼくは小さな弱い人を守れなかった後悔の方が大きい人生を過ごしている。“たんぽぽ”には困っている人がたくさん来られるが、ぼくが助けになるケースは多くはない。人の心の痛みに気付いてあげられないことも多い。人を分け隔てしないと言いながら、自分の心の奥にある差別性に慄然とすることもしばしば。
 それでも、困っている人を助ける、という気持で日々を生きていると、不思議なことに、困っている自分を助けてくれる人が必ず現われる。そんな奇跡が本当に起きる。思えば冷や汗が出るような綱渡りの人生だけれど、ぼくはいつも、そんな奇跡に救われている。

 ささやかなものを愛する。
 円満橋の下を流れる汚れた江の口川を懸命に遡上するボラ。裁判所前の歩道の隅で、からくも生き残っている野生のスミレ。幡多倉公園のクヌギや南京ハゼの木立から時折聞こえる甲高いヒヨの声。
 そんなものを振り向く人は誰もいないけれど、ぼくは振り向く。振り向けば、けなげに生きている小さな彼らが大きな勇気をくれる。

 大事な場面で、ぼくが打たれ弱いために大きな禍根を残し続けた人生だった。子どもにも家族にも、取り返しのつかない大きな心の傷を与えた。仕事の上の失敗でも、多くの人に迷惑をかけた。責任の取りようも無い。
 しかし、ぼくの場合はこうするほかなかった。そのゆえに分かる人様の心の痛みというものもある。打たれ弱く生きたおかげで、ぼくは“たんぽぽ”にたどり着くことができたとも言える。
 竜平くんからお手紙をいただいた。
 <アマドコロというユリ科の花があるそうです。見た目は、スズランのようです。その花言葉は“心の痛みのわかる人”だそうです。今日はそのことを、お知らせしたくて手紙を書きました>
 今日の“たんぽぽ”の空はなんという青さ。これ以上、何を求めることがあるだろう。
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