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生きることの意味・私の「ひきこもり論」の骨組み

生きることの意味・私の「ひきこもり論」の骨組み

① ひきこもりをどう理解するか
 ひきこもりは、家庭の責任、当事者本人の責任ではない。ひきこもりは過酷な競争社会がもたらした社会病理である。不条理な現代社会に対する、当事者の生物としての自然な自己防衛行動である。ゆえに、本人を治す、という考え方に立たない。人間の自然な成長発達を疎外している社会構造を治す、という立場に立つ。

② ひきこもりの解決をどんな風に考えるか
 人並みに外に出られる、仕事に就くことができる、それをひきこもりの解決と考えない。当事者が自分の現状を受け容れる、自分で自分を赦す、安心してひきこもれる、そういう心境になれた時、ひきこもりが解決したと考える。問題の現象面の解決よりも、問題の本質的理解の方が大事。

③ 親、支援者としてひきこもりにどう向き合うか
 パーフェクトな親、支援者でなくてよい。自分自身が人間として成長していくことを目指す。心豊かに生きることを目指す。当事者はその後姿を見ている。

 生きることの意味は、人生で大きな成功を収めることではない。輝かしい業績をあげることではない。極論すれば、幸せな生涯をおくることではない。
 この世は多くの痛みや苦しみに満ちている。自分で痛みや苦しみを、孤独や絶望を経験しなければ、人様の痛みや苦しみ、絶望や孤独を理解することはできない。
 それを理解することで、人と人との心ははじめて通い合う。心が通う瞬間、それが人生で最高の幸せ。
 そこに至るために、私は痛みや苦しみ、孤独や絶望を引き受けている。そう考えれば、自分の現在の不幸な境遇を受け容れることができる可能性が生まれる。その向うに、よき人、よき友に出会えるという希望の扉がある。
 その意味で、私が引き受けている痛みや苦しみ、孤独や絶望、不幸こそ、私を本当の邂逅、幸せに導く唯一の扉。私が生きることの意味はそこにある。

CM 小著「詩集・人生の扉は一つじゃない」は自費出版としては奇跡の快進撃を続け、おかげでたんぽぽの運営は安泰でした。二匹目のドジョウを狙ったぼくの渾身のエッセイ集「生きることの意味」は、さっぱり売れず、在庫が山積み、たんぽぽの運営も少し資金繰りが怪しくなって来ました。読書の達人の土佐高の広井護先生はずばり「この本の主題は「不思議な幸せ」ですね」と言ってくれました。そのとおり、不幸の問屋のぼくがの出会った不思議な幸せについて、しみじみと語っています。不思議な幸せに出会いたい方、ご注文は855-4546へどうぞ。あなたとの出会いを待望しています。


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