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コニヤンの「ボチボチ力」がゆく

野いちごの場所で・15  コニヤンの「ボチボチ力」がゆく

                                    大 崎 博 澄
 二○一一年一一月一日は、たんぽぽ教育研究所の記念日になりました。自分からお願いして編集を引き受けてからまる二年もかかりましたが、悲願であった小西豊先生、コニヤンの著書「ボチボチ力のすすめ――コニヤンの人生方程式」が、この日ようやく刊行されました。たんぽぽ教育研究所発行の第一号の本。ああ、感謝!!
もっとも、ぼくはあり合わせの労力と少しの脳味噌を提供しただけで、出版に必要な経費はコニヤンが全部負担したのですけどね。
 でも、この出版はたんぽぽ教育研究所にとってだけでなく、大げさでも冗談でもなく、この国にとって歴史的な事件だと、ぼくは思っていますよ。
 理由の第一。不登校の子ども達の支援を十五年以上も続ける公立中学校教員が、当事者の気持ちに寄り添うことを基本にした支援のあり方の実際を、様々な具体例に即して、その心理、その技術、その小道具に至るまで、微に入り細を穿って、自分の言葉で語っていることですね。だから誰でも分かり、真似ができる。しかもその背後に哲学がある。
 ここまで細やかな配慮の行き届いた不登校支援の実践の手引きは、かつてなかった。不登校にどう向き合うかでとまどっている多くの教育関係者や家族にとって、安心して頼れる指針となる本です。
 不登校は、由々しい社会問題です。
 社会的動物である人間が社会から疎外されて生きていかなければならない。本人にとっても家族にとっても、これほど過酷な人生はありません。
 この国の不登校児童生徒の発生割合は、統計上は五パーセント未満程度、実際は、統計上はカウントされないが、学校に行くのがつらくてたまらないのを我慢して我慢して登校している子ども、保健室登校している子どもなど、統計に表れない潜在的な不登校がありますから、十パーセントはくだらないでしょう。十人に一人の割合。
 しかも、不登校は今、小中学生から高校生、大学生、そして中高年の社会人にまで深く静かに潜航しつつ広がっています。
 このように由々しい社会問題なのだけれども、残念ながら、世間の不登校に対する認識はきわめて浅い。世間ばかりか、教育関係者の理解も、ひどいレベルなのですよ。
 故人になられた高知市の吉川前教育長さんは、不登校問題に強い関心を持って取組んでくれた稀有な方でした。吉川教育長はある時、不登校の解消に向けて、家庭訪問を徹底するよう現場に大号令をかけられたのですね。このことで、高知市の教育現場の不登校に対する関心は飛躍的に高まりました。でも、教員の理解は深まったかというと、まだまだですね。
 ある中学生のケース。鍵をかけて部屋に閉じこもっている子どもの情況を母親が教員に説明すると、「お母さん、大丈夫ですよ。鍵を壊して連れ出しますから」。
 最近お訪ねした小学校の校長先生のお話。不登校の情況についてお聞きすると、にこやかにほほ笑みながら、こともなげに「引っ張りだします」とおっしゃった。
 この本は、こういうレベルの不登校理解を、マニュアルでなく哲学で変える。
 理由の第二。この本は、不登校児童生徒の支援のあり方を追究し続けて、その果てに教育の本質を探り当てているのですね。
 ぼくの息子が学校に行けなくなってから二十年になります。不登校の子どもは、原因も症状も経過も様々で、多くの子ども達はいろいろな経路を辿り、時間はかかってもいつか社会に巣立ってゆく時が来ますが、一部の子ども達は、その時を迎えることができないまま年齢を重ねます。我が子は、後者のケースに当たり、不登校の子どもとしては最も悲惨な経過を辿って今日に至っています。
 晩年に色々な偶然が重なってぼくは教育の仕事に巡り合いましたが、仮にそうでなくても、不登校はぼくの生涯のテーマになっていただろうと思います。我が子の苦しみ、哀しみ、孤独と絶望を前にして、親として何がしてやれるか。不登校という怪物を追究するしかありません。親としてほかに償いようがない。こうして、不登校はぼくの人生の最大の関心事、ライフワークになりました。
 不登校を追究し続けて二十年、ようやくぼくが辿り着いた仮説があります。それは、不登校問題も、学力問題、イジメ、非行、暴力、およそ全ての教育課題は、別々の原因で起こる別々の問題ではない、ということですね。原因は一つ、従って対策も一つなんですね。
 小西先生はなんと、この本の中でぼくの仮説を立証してくれたのですね。
コニヤンが探り当てた教育の本質とは、教師と子どもの信頼関係です。その上にのみ、教育というものは成立する。心から信頼できる他者、教師に出会えた時、子ども達は学ぶことの意味、生きることの意味を知ることができるのですね。その時、すべての教育課題はごく自然に、根本的に解決するのですね。
 理由の第三。子どもとの信頼関係を築くために、教師は何をしなければならないか。この本はその問いにも正面から答えています。
 それは、子どもから学ぶ気持ちを教師が持つこと、ですね。不登校の子ども達から学び続けて自分を成長させて行く、子ども、ではなく自分を変えて行く。コニヤンは柔らかな心、繊細なアンテナで日々子ども達に向き合い、子ども達に教えるよりも多くのことを、日々子ども達から学んでいます。
 コニヤンの実践の素敵なところは、スーパー教師でないとできないことをやっているのではなくて、誰にでも真似のできることを、毎日こつこつやっていることですね。だからこの本は、熱血教師の汗と涙の実践記録ではなく、我が子の不登校にうろたえ、妻の諫言にそうだなーと納得する、どこにもいる中年男の自分史です。
 いや唯一、どこにもいる中年男と違うのは、いかなる権威にも魂を売らなかったこと、すべての悩める人を励ます「ボチボチ力」という小さな自分の哲学を発見したことだなー。
 おかげでぼくも、絶望の彼方に小さな希望を見つけて、たんぽぽの日々を生きています。 
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