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子どもという希望

<講演> 第62回徳島県人権教育研究大会全体会記念講演
  子どもという希望
             たんぽぽ教育研究所 大崎博澄 さん

<はじめに>

 ご紹介をいただきました大崎と申します。
 司会の方が「たんぽぽ教育研究所」という名前を言ってくださいました。私は、元は県庁職員でございます。2008年の3月に退職しまして、その翌日から「たんぽぽ教育研究所」というものを立ち上げました。どうしてこんなことを始めたのか。
 県庁生活の最後の8年間、教育行政の仕事をさせていただきました。この間にたくさんの子どもさんや保護者の皆さんのご相談、それからもちろん現職の教員の皆さんのご相談も受けてまいりました。
 一番多かったのが不登校です。子どもが学校に行けなくなった。どうしたらいいんだろうということで悩んでおられる保護者の皆さんは大変たくさんおられました。
 それからいじめです。いじめは本当に解決が難しくて悪戦苦闘しましたが、うまくいったケースはほとんどありません。
 そして、体や心の障害です。いろんな障害のあるお子さんをお持ちの皆さんが、わが子の学校生活をどうやって維持していくかということで、ご相談を受けるということが大変多くありました。
 また、現場の先生方の中で圧倒的に多かったのは心の病気です。いろんなストレスがかかり、教員生活が非常につらい苦しい状態になった。こんなご相談を8年間ずっと受け続けてきました。
 自分がお力になれて解決できたのは、多分1割から3割ぐらいだろうと思います。十分なことができなかった、十分な責任が果たせなかったことへの償いという意味が一つ。この「たんぽぽ教育研究所」というところで引き続き教育相談を受けていこうという自分の気持ちを固める動機になりました。
 もう一つの動機は、私には今年36歳になる長男がいます。私によく似た性格で、非常に内向的で人前ではあまりしゃべらない。それからスポーツが全然駄目です。走るのが極端に遅くて、かつ腕力が極端に弱い。人付き合いが非常に下手。そして、何事につけても不器用。生きることについても特に不器用ですね。
 だから、この子は学校に行くようになったら苦労するだろうなと予想をしておりました。ただ、私の良い点も似てまして、よく耐えて忍んで辛抱して頑張れる子どもだったんです。予想どおり学校ではよくいじめられました。スポーツができないとか、走るのが遅いとかいうことで、たくさんの悲哀も学校生活の中でなめてきました。
 よく辛抱して頑張ったんですけど、とうとう頑張りの糸が切れたのが高校2年生の2学期、こんなにつらい思いをして高校に無理やり行くことはないよということで、学校に行くことを積極的に私も止めました。本人はもちろんほとんど行けない状態になってましたので。結果的にこの止めたことが良かったかどうか、非常に疑問なんですが。
 その後、引きこもり。つらいですから当然のことですけど、不登校の子どもたちの一部の子どもがたどる典型的な、一番つらいコースをたどりまして、昼夜逆転、引きこもり、家の中で暴れる、物を壊す、家族に暴力を振るうというような生活が続きました。
 私はよくこれを地獄の20年と言うんですけど、子ども本人にとってももちろんすさまじい地獄ですが、家族にとっても地獄だったんです。このことがあったということが「たんぽぽ教育研究所」を開設する二つ目の動機だったんです。
 自分はこういうわが子のような学校に行くことに適さない、順応がしにくい、つらい思いをして我慢しながら頑張っている子どもたちを守りたい、救いたいという思いが非常に強かったんです。
 しかし、結果的に自分の子どもも守れなかったし、私を頼ってたくさんの方がご相談を持ってきてくれたんですけど、その子どもたちも十分に守れなかったという思いがあります。そういう意味で、皆さまの期待に十分応えられるお話ができるかどうか、自分に人権を語る資格があるかどうかという不安がありますが、あえて言えば、わが子も高知県の子どもたちも守りきれなかったがゆえに、私自身が学んだものがあるのではないか。
 子どもの人権について、大崎でなければ語れないことをお話ができれば、もしかしたら皆さまのこれからの人生に役に立つことがあるかもしれないとに思って今日は参りました。よろしくお願いをいたします。

<無神論者である私のお守り「小さな弱い人を守る」>

 最初に、私は無神論者なんです。どうして無神論者になったかというと、あまりにも世の中には不条理なことが多すぎます。今、世界中で毎日のように食べるものがなくて、あるいは病気の治療が受けられなくて亡くなっていく子どもさんがたくさんいます。
 それから、これほど戦争の悲惨さが語られるのに世界中で戦争が絶えません。一番大きな被害を受けているのはやはり子どもたちです。こういう状況を見ると、とてもじゃないが愛とか正義とかをつかさどる神様がこの世にいるとは信じられないわけです。
 ただ、わが子が今、大変不幸な状況に置かれてますので、私もわが子のために本当に身も心も使い果たしたという、かなり悲惨な、外見的には本当に不幸な状況に置かれています。
 そういう状況に置かれると人間は弱いものですから、何かにすがりたくなるんですね。特定の宗教は持ってないんですけど、自分でお守りを作りまして、それをポケットに入れています。
 このお守りの中には私の事務室の掃除をしてくれていた清掃会社のおばあさんのお手紙とか、転勤をされていく先生がこっそり置いていってくれたお別れの手紙とか、子どもの写真とか、いろんなものが入っています。
 私がその中でも一番ご利益があると思っている手紙がこの手紙です。これは私の秘書席に、臨時職員として10カ月勤務をしてくださっていた若い女の方が、退職されるときにクッキーと一緒に置いていってくれた短い小さな手紙です。
 これを読むと、私いつも後半で泣いてしまうんですが、きょうは元気がありそうなのでちょっと読んでみましょう。「苦境の中にあってもいつも朗らかな教育長を尊敬しています」。こう書いてくれてあります。私はやけくそでいつも笑ってました。それで彼女は朗らかなと言ってくれたんだろうと思います。問題はその後半に書いてあることです。「小さくて弱い人たちを守ってあげてください」。これだけ書いてくれてたんです。
 教育委員会の幹部職員でさえも理解してくれなかった私の教育にかける思いを、わずか10カ月で、お話もほとんど個人的に交わしたことのない臨時職員の女の方が理解してくれていたんです。ものすごくうれしかったです。あとでお話をして聞いたことですが、この方もパニック障害という障害を抱えて一人で生きておられる。そういうお嬢さんだったんです。
 小さな弱い人を守るということが、私のライフワークのキーワードになっています。

<「人権」という言葉が軽く扱われ過ぎていないか>

 さて、人権という話を今日はさせていただこうと思います。子どもの人権です。まず、最初に申しあげたいことは、人権という言葉を巡って考えることなんですが、人権という言葉があまりにも軽々しく扱われすぎてはいないだろうかという疑問なんです。これがまず第一です。
 例えば、学校ではどうか。学校でも人権教育の時間があって、あるいは先生方の人権の研修もこのようにたくさんあって、人権という言葉は結構頻繁に飛び交っているだろうと思われるんです。
 しかし、果たして学校で人権は大切に扱われているかということです。授業あるいは部活動、いじめ、不登校、心や体の障害で子どもたちは大変苦しんでいます。
 今はもうないと思うんですが、私たちが子どものころは授業中にこういうことが行われてたんです。先生に指名されて答えられなかった子どもは立ったままでいたんです。立ったままで、先生が座ってよろしいと言われるまでさらし者になっていたんです。
 授業の中で子どもに恥をかかせる。あるいは恥をかかせることで子どもを脅かして、どうして教育というものが成り立つのかということを思います。しかし、こういうことが今ももしかしたら別の形で行われているのではないかということを非常に心配します。
 さらにこれが鮮明になるのが部活動です。8年間に私に持ち込まれた教育相談の中で、不登校に次いで多かったのが、部活動の中での指導に当たられる先生方の暴力暴言だったんです。
 先日、たんぽぽに来られたある引きこもりの青年のご相談は、中学校の途中から不登校になったんですが、その原因が部活動における先生の暴言だったんです。そのために彼は、それ以来不登校からそのまま引きこもりに移行して、今30代の後半です。大変つらい苦しい目にあった。心の傷が癒やしようがなくなっています。彼は古いアルバムを持ってきまして、「この先生にやられました」と指をさして私に言ったんです。なんとも私も申し訳ないと彼に謝ったんですけども、彼の20数年間、彼の人生を償う方法が無い。
 これは今も高知県だけではなくて、多分全国の学校で似たようなことがあるだろうと思います。
 いじめの問題も非常に深刻です。これは先生方が考えておられる以上に深刻なのは、どういうことかというと、解決する方法がないということなんです。
 いじめの相談が持ち込まれると、私も他にやりようがないので地元の教育委員会に調査をお願いします。そうすると、どういうことが行われるかと言いますと、いじめの犯人を特定をして、その犯人の子どもを説諭して、それからいじめた子どもといじめられた子どもの和解を演出するんです。そして、表面的な和解の演出が終わったところで報告が上がってきます。問題を解決しましたと。
 これではいじめの問題の解決には全くならないのです。無理やり犯人を捕らえてお説教をしても人の心は変わらないです。だから、いじめ問題は発生したら、もう解決はできないと考えないといけないと私は思います。発生させないような日常の教育活動、学級経営、これこそが大事なんです。ここに着眼するような認識を持って対応が行われればいいと思うんです。そうじゃなくて、表向きの和解だけを演出をすることが現場では頻繁に行われています。
 それから不登校です。高知県でもたくさんの子どもが学校に行けない。行けるけれども、行くことに苦しんでいる状態に置かれています。全国ワーストの状態が続いてます。
 私はわが子の問題もあったので、必死になって取り組みましたが、一歩も問題を改善の方向に持っていけなかったんです。非常に申し訳なく思っています。
 心や体にハンディキャップのある子どもたちは、現在のような学級、学校の状況の中ではとてもじゃないが生活はものすごく苦しいだろうと思います。
 学校外でも子どもの人権はあまりにも軽々しく扱われているんではないかと思います。
 例えば、家庭ではどうか。児童虐待というのがあります。かつてのこの国にはなかったような現象が普通に起こるようになってしまいました。わが子に暴力を振るって死に至らしめるというようなことは考えられないことです。それがごく普通のことになってしまった。
 さらに暴力でなくても、事実上保護者はわが子を虐待しているんじゃないか。自分の経験からそれを思います。私は、わが子によく責められるんです。「お父さんは僕がいじめられているときに、どうして体を張って学校に乗り込んで戦ってくれなかったのか。」と、度々言われます。本当に胸を刺されます。「申し訳ない。ごめん」と謝るしかないんですけど。
 一番保護者が大切にしなければならないことは、子どもの話を真剣に聞いてあげるということです。しかし、今のお父さん、お母さんは仕事も持っている。家事もある。大変忙しい状態です。果たして、子どもたちの言葉に真剣に耳を傾けているかどうか。そのことを保護者は胸に手を当てて考えてみなければならないだろうと思います。
 さて、社会ではどうか。日本の国は、経済的な格差が非常に少ないいい社会だ。これが20~30年前までの日本の国の評価だったろうと思います。ところが今は、経済的な格差が拡大することが容認されるような社会になってしまいました。だから、とてつもないお金持ちの人がいる一方で、今夜寝る場所もない食べる物もないという人がいる。こういう世の中になってしまった。こういう格差は世の中でどういう現象を引き起こすかということです。
 人間は社会的動物です。助け合わないと生きていけない動物なんですが、一方にたくさんのお金を持っている人がいて、一方にものすごく貧しい人がいると、人間は助け合わなくなるんです。
 私は昭和20年に生まれました。戦争が終わった年です。そのころ、私の家は町一番の貧乏だったんですけど、しかし、町全体も貧乏だった。日本の国全体がほぼ貧乏だった。極端な差はなかった。  
 人はこの時代、どういう行動をとるかというと、例えば、私の家ではものすごく貧しいので、大勢いた兄や姉たちが次々と栄養が足りなくて結核にかかって死んでいくんです。でも、貧乏なのでお葬式が出せない。でも、ご近所の人が全部やってくれるんです。そういう助け合いがごく自然に日常的に、あの貧しい社会ではあったんです。
 しかし、今はそういうことはもう期待すべくもない。人々の間の心のつながりが、ちぎれ果てているのが現代の社会だと思います。こんな社会の中で育たなければならないというのは、子どもたちにとっては最大の悲劇です。
 人間は社会的動物です。だから、社会全体で子どもたちを育てないと社会を支える子どもを育てることはできない。社会を支えることができる大人を育てあげることはできない。
 しかし、今それができなくなっている。こういう状態に子どもたちが置かれている。現代社会は子育てを放棄していると言わざるを得ないと思うんです。これほど大きな人権侵害はないだろうと私は思います。
 また、私たち自身の生活はどうかということです。私たちは、自然環境の破壊がもう臨界点を越えるまで壊してしまったんです。これから頑張っても、もう後戻りはできないところまで自然環境を壊してしまった。もうすぐ死んでいく私のような老人は構わないんですけれども、これから何十年、半世紀以上生きていかなければならない子どもたちにとって、これは本当に過酷な試練です。つまり、私たちは未来世代の生存権を侵害している。便利な日常生活を送ることでも、そういうことを感じます。
 こういうことを考えると、人権という言葉は至るところで叫ばれているけれども、子どもの人権は至るところで現実には侵されていると、私は思っています。人権という言葉があまりにも軽々しく扱われてしまってはいないだろうかという思いを持ちます。

<「人権」は祀り上げられているが、実態は伴っているか>

 もう一つ問いたいことがあります。人権というものの大切さは、教育行政の中にいてもひしひしと感じました。しかし、ものすごく大切に扱われているふりをされていると私は思います。人権は祭り上げられている。しかし、祭り上げられているような実態を果たして伴っているかというのが私の二つ目の疑問です。
 例えば、人権教育を取り巻く外側の部分を見てみますと、明らかに敬して遠ざける雰囲気が高知県の場合はあります。なんとなく大事にするふりをしている。しかし、あまり近寄らないでおこうという傾向を、間違いなく私は教育行政の中で感じました。
 今、たくさんの教育課題が高知県にもあるし、おそらく徳島県にも日本の国にもあります。さっきの不登校の問題、いじめの問題もあるし、学力の問題もある。たくさんの教育課題を解決する鍵は人権教育にあると私は思うんです。それほどに人権教育は重要なテーマなのに、しかし祭り上げられているだけで、敬して遠ざけられているんではないだろうかと思います。
 これからがちょっときつい話になります。それは人権教育の内側にある問題です。人権教育に取り組んでいる先生方はたくさんいる。しかし、私たちは人権にあぐらをかいてこなかったかということです。
 いじめや不登校や障害のある子どもたちのために、人権教育を叫んでいる私たちが何をしたかが、私には見えてこないんです。人権教育が前面に出なければならない。出ることが必要な場面で、その姿が一向に見えてこないということがあります。それを感じます。これが人権教育の内側が抱えている課題だと思います。
 人権はどんなに丁重に祭り上げられても、大切にされるふりをしていたのでは意味を持たないと思います。具体的に目の前にある子どもたちの人権を守る実践によってのみ、人権教育は意味を持つと私は思います。あるいは、人生をどう生きるかをそれぞれの人がそれぞれの胸に問い続けることによってのみ、人権教育は存在する意味を持つ。しかし、そういうことに実態は果たしてなっているかという疑問を私は感じています。

<「子どもの人権」の中身、眼目はなんだろうか>

 では、人権とは何かということです。大崎は一体どういうことを人権としてイメージしているかということを、次にお話をしようと思います。
 人権とはなんだろうか。人権の中身、人権の眼目は何かということです。
 私はこう考えています。私たちの年代以上の人しか知らないと思うんでが、日本テレビに小林完吾さんという、大変人気のあるアナウンサーがいました。元祖おもしろまじめアナウンサーと言われた方です。非常にまじめな表情でまじめなことを語りながら、どこかちょっとおもしろいという方でした。
 この小林完吾さんがこういうことを書いておられるのを読んで大変衝撃を受けました。ちょうど私の子どもがまだ小学生だったので、私が40歳ぐらいのころです。小林完吾さんはこういうことを言っておられたんです。
 子どもに生(命)を与えたということは、親が付き合ってやれない死を与えたということである。つまり、子どもに命を与えた瞬間に親は立ち会える、育てることもできるけれども、子どもが死んでいくときには、親は付き合ってやれない。子どもは、もしかしたら孤独のうちに死ななければならないかもしれない。あるいは、喜びを全然心に持てずに死ななければならないかもしれない。とすれば、生きている一瞬一瞬が生きていて良かったと思えるものであってほしい。小林完吾さんはこういうことを書いておられたんです。
 これが私の考える人権の中身、眼目です。どういう意味かというと、日本だけでなく、高知県だけでなく、徳島県だけでなく、世界中のすべての子どもに、今、幸せに生きる権利があるというです。世界中のすべての子どもが、今、幸せでないといけないということです。そして、世界中のすべての子どもを、今、幸せにする責任は、私たち一人一人にあるということです。
 アジア、アフリカ、中南米の子どもたちの幸せにも私たちは責任を持たないといけない。そういうことです。この「すべての」ということと、「今」ということにすごく大きな意味がある。これが人権の本質だと私は思っています。
 わが子だけの幸せということは、もうあり得ないんです。世界中が経済というものでがっちりと結び合わされてますから、政治は別でも一蓮托生(いちれんたくしょう)です。アメリカでリーマンショックが起これば日本の銀行がつぶれる。ギリシアの財政危機が起こればヨーロッパ中が震撼(しんかん)する。それが世界の経済に影響を与える。こういう時代なんです。
 だから、世界中の子どもたちが幸せにならないと、わが子の幸せもないということです。すべての子どもに今、幸せに生きる権利がある。すべての子どもを今、幸せにする責任が私たちにはある。これが子どもの人権の本質、中身、眼目だと私は思っています。
 しかし、子どもの人権の現状はどうかと言えば、先ほども言ったように、子どもたちの生きる権利、学ぶ権利、幸せになる権利が至るところで侵されている。残念ながらそう言わざるを得ません。
 不登校でいえば、高知県では私が教育長に就任したのが2000年です。このときに、小中学生で約800人というのが統計上の数字だった。ごく最近統計を見せていただいたら、この数字が全く減ってなかったんです。子どもの数自体は相当減ってますから、発生率はむしろ高くなったと考えないといけないかと思います。
 しかも、不登校の実数が高知県で800人ということはどういうことかというと。その周辺には、保健室にしか行けない。あるいは毎朝玄関を出るときに30分も40分もかかっている、つらいつらい、苦しい苦しい思いをして必死で学校へ通っている子どもたちが800人の数倍いると考えないといけないと思います。
 これは由々しき問題ですが、不登校に対する教育界、地域社会の理解や認識はいまだに極めて浅いと思います。「たんぽぽ教育研究所」へ時々飛び込んで来られる不登校のお母さんたちの中でも、住所とか名前を言いたくない、言わない方がたくさんおられます。もちろん私も心得ていますから、何にもそういうことをお聞きをしません。連絡先も向こうから言ってくれるときだけメモをしますけど、何にも記録も取らないんです。それほどに不登校に対する保護者の認識も、地域社会の認識も浅いと思います。
 もう一つ重要なことは、不登校対策では不登校問題は解決できないということです。これはすごく重要なことです。不登校対策というので、私も必死で8年間取り組みました。不登校そのものに対する先生方の理解、保護者の理解を深めてもらうという活動もしました。また、スクールカウンセラーの配置という、現場からの大きな要望もありました。これは物理的に有資格者が少ないために十分なことはできませんでしたが、可能な限りスクールカウンセラーの配置に努力をしました。高知市の教育長さんは、家庭訪問を徹底せよという大号令を発せられました。
といったようなことで、不登校対策は採られたけれども、不登校は一向に減らなかった。
 それはどこに問題があるのか。学校に帰るということが不登校問題の解決ではないんです。ここが非常に理解をされていないと思います。子どもをいろんな支援や手当てをすることで変えて、元気にして学校へ戻していくというのが、これまでの不登校対策だったんです。
 これは間違いだと思います。学校が子どもにとってつらい場所であるなら、居場所がないのであるなら、変わらなければならないのは学校の方です。子どもじゃないんです。ここが根本的に取り違えられていたな、自分自身も取り違えていたなということを感じています。
 子どもの人権の現状。二番目、いじめです。いじめは過酷な競争社会、管理社会が生み出した社会の病気です。だから、子どもが群れ集う場所では必ず発生する現象です。だから、今もわが校にいじめはありませんと言われる学校の中でもいじめはまん延していると考えなければいけないです。社会が起こした伝染病ですから。
 そして、不登校対策と同じように、いじめ対策ではいじめ問題は解決ができません。さっき言ったとおりです。和解を演出して事足れりというのが現状ですから。こういうことではまた新しいいじめがどんどん発生していくわけです。どうやったら解決できるか。日常の教育活動の中に人権教育が生かされないといけない。これが解決の鍵だと私は思っています。
 学力についても触れておきたいと思います。学力に関しても、世間には大いなる誤解があると私は思っています。それはどういうことかというと、良い学校に入れて、良い会社に就職できれば子どもは幸せになれる。こう考えているお父さん、お母さんがいまだにたくさんいます。世間の圧倒的多数はそういう誤解をしています。
 しかし、良い学校に行って、良い会社に就職しても子どもは幸せになれません。わが子が証明してます。
 私の子どもはそうでした。良い学校に行って、良い会社に就職しましたが、幸せになれなかったです。わが子以外にもこのことを証明された方がいます。
 今、大阪教育大学におられる人権教育の権威、野口克海先生です。野口先生と教育フォーラムをやりました。その中で野口先生が衝撃的なお話をされたんです。
 先生は若いころ、20代の熱血教師として中学校の教員をしていたんです。20代のときに生活環境の非常に厳しい中学校に赴任された。子どもたちの生活環境と学力は連動しますから、生活環境が厳しければ学力は低い状態に置かれる。高知県や沖縄県の学力調査の結果が極端に悪いのは、そのためです。
 野口先生は一念発起して、なんとしてもこの子どもたちに学力をつけて希望する高校に進学させてやろうと思ったんです。早朝から子どもたちをたたき起こして集めて、徹底的に補習授業をやられたんです。その結果、見事に子どもたちは全員が希望する高校に進学することができた。ここまでは良かったんです。熱血教師の美談になるはずだったんです。
 ところが、子どもたちはせっかく入学した、希望した高校を時を経ずしてバラバラバラバラとやめていってしまったんです。高校に居場所がなかったんです。野口先生はそのことを分析をされて、自分の教育に何が足りなかったかということを徹底的に検証されて、「私は子どもたちに受験学力はつけてやることができた。
 しかし、自尊感情を育んでやることができなかった。」と結論付けたんです。このことを先生が本当に悲しそうにカミングアウトされたのを感銘を受けてお聞きしました。
 今は、どうか。やはり受験学力オンリーの学力観がこの国をまだ支配していると思います。昨日も「たんぽぽ教育研究所」に、ある小学校の校長先生が来てくれていました。先ほども言ったように、高知県はダントツで学力調査の結果が悪いんです。学校の現場にもひしひしと学力向上に向けた取り組みの圧力がかかった。ものすごく苦しいですよということを校長先生が言っておられました。
 学力調査が調べている学力は、ほぼ受験学力とイコールです。しかし、この受験学力では子どもたちは幸せになれないんです。せっかく入った希望する高校をバラバラやめていかなければならない。大きな傷を心に負わなければならないような子どもたちを生み出すようなものが、学力であるはずがないと思うんです。
 まして、21世紀という時代は生きることがものすごく困難な時代になります。もう良い学校、良い企業神話は通用しない時代です。その時代には何が求められるのか。人と人との温かい心の絆こそが21世紀という生きることの困難な時代を生き抜く力、本当の学力にならなければいけないと思うんです。
 友達との点取り競争に勝つ力ではなくて、友達と助け合う喜びを知る力。これこそが目指す学力でないといけないと思うんです。困っている友達を助けることに喜びを感じられるような力が基盤となる学力こそが、本当の学力である。そういうものを私たちは目指さないといけない。
 しかし残念ながら、学力対策の現状は依然として、旧態依然の学力観のもとに置かれていると思います。
 こうした子どもの人権の危機の現状。その背景には何があるのかということを次に少しお話をしておこうと思います。
 一つは教育の責任を誰が負わなければならないかということがあいまいにされていると私は思います。教育の責任者が不在だと思うんです。教育の責任は誰にあるか。保護者にも学校にも地域社会にもあると思うんです。保護者、学校、地域社会全体が等しく分け合って教育の責任を負わなければいけないと思うんです。ところが、今は教育の責任はほとんど学校に丸投げをされている。あるいは家庭の責任にされている。こういう状況に置かれていると思うんです。
 人間は、さっきも言ったように社会的動物です。社会全体で助け合って生きていく動物です。だから、社会全体で育てなければ社会を支える人間は育てることはできないんです。だから、教育の責任は社会全体にある。このことが一つ重要なことだと思います。
 もう一つは、家庭や地域の教育力の低下の問題です。これは私たちもよく認識をしていました。しかし、打つ手がありませんでした。なぜかというと構造的な原因があったからです。
 この国は豊かになることを目指して、経済成長政策を選んだんです。その結果、見事に成功して豊かな国を築いた。そこまでは良かったんです。しかし、予測せざることが起こってしまった。それは、それまでの日本は、一次産業(農業・林業・水産業)を基盤とする国でした。そういう国は貧しいけれども貧富の差は小さいんです。だから人々は否応なく助け合わないと生きていけないから助け合う。そういう世の中だったんです。
 ところが、経済成長政策で豊かになるにつれて経済的な格差があまりにも大きくなってしまった。そうなると、先進国はどこも同じですが、極端に豊かな人と、極端に貧しい人が混在する社会では、人々は心のつながりがなくなってしまうんです。心のつながりがなくなってしまった結果が孤立した家庭を生む。バラバラの地域社会を生む。教育力のない家庭や地域がそこに誕生する。こういうことになるわけです。
 この一連の流れを考慮に入れながら私たちは身銭を切る、わが血を流すような取り組みをこれからしていかなければならないだろうと思います。
 無制限の経済的な格差を容認する社会である限り、差別はなくなりません。経済的格差が一定以上大きくなると、人々は助け合うどころじゃなくて、助け合わなくなって、憎み合うようになってしまうんです。だから、経済的な格差の是正ということを考えないと家庭や地域の教育力の低下の問題に対応できないということになるんです。限りなく難しい問題です。

<「子どもの人権」を守るために必要な哲学>

 では、子どもの人権を守るために、私たちに何ができるかということです。
 一つは子どもの人権を守るために明確な考え方、哲学を私たちは持つことが必要だと思います。2000年の4月に、私は高知県の教育長になりました。4月1日の最初の仕事がその年に採用された若い先生方に辞令をお渡しする仕事でした。
 この辞令をお渡しするセレモニーのときに短いあいさつをする機会がありました。皆さまもご存じだと思うんでが、県庁とか教育委員会では偉い人があいさつをするときは、部下の職員の方があいさつを書いてくれます。基本的にそのあいさつを読めばいいんです。
 私も一応それをもらったので読んだんですが、あまりにも心のこもらない、あまりにも通り一遍な、あまりにも哲学のないあいさつだったんです。これじゃあまりにもみっともないと思いました。それで私は慣れないことだったんですけど、蚊の鳴くような声で震えながら自分の言葉を一言だけ添えたんです。どういうことを言ったか。
 「皆さんは、弱い立場に置かれている子どもたちの味方であってください。」と若い先生方に申し上げました。これが小さな弱い人を守るという意味です。この教育哲学を8年間一貫したことだけが、私がやったことの取り柄だったかなと思います。
 8年間やった結果は惨たんたる敗北だったと思います。不登校の問題も、いじめの問題も、学力の問題も一歩も前進させられなかった。大変申し訳なかったと思います。ただ、名もない市民の皆さまの中に、自分のこの哲学を理解してくれる人がたくさんいたということが、わずかな私の救い、勇気をいただいたと思っています。
 子どもの人権を守るために必要な哲学。小さな弱い人が守られなければ大きな強い人も幸せになれないと思うんです。小さな弱い人が守られる社会が良い社会である。そこで初めてすべての人が幸せになれる。小さな弱い人が守られる学級、学校ができるとき、初めて不登校も、いじめも、学力も、すべての教育課題が解決する。私はそう確信しています。

<「子どもの人権」を守るために必要な行動>

 さて、もう少し具体的に、こういう哲学を持ちながら子どもの人権をどうやって守るかというお話を最後にしたいと思います。
 まず家庭では何をするか。「たんぽぽ教育研究所」に飛び込んで来られる保護者の皆さんのお話を徹底的に聞くというのが私のカウンセリングの姿勢です。
 お聞きをしながら私が一生懸命観察するのは、この親子の間に信頼関係があるどうかということなんです。信頼関係があるという確信が持てれば、子どもさんが学校に行けるか行けないかということは私はほとんど気にしません。信頼関係があれば子どもさんは必ずいつか社会的自立を果たしていく。間違いなく巣立っていくことができます。
 ところが、信頼関係がないときには非常に心配をします。親と子の信頼関係づくりが家庭でも一番大事だと思います。親と子の信頼関係が人を信ずるという、子どもさんの気持ちの基盤になります。人を信ずることができれば、他の人との人間関係も築いていくことができるんです。そうすることによって、人間は世の中で、社会の中で生きていくことができるわけです。親子の信頼関係が親以外の人々との信頼関係を築くベースになるということです。
 そのために、親は何をしないといけないか。子どもさんのお話をしっかり聞いてあげるということが、すべてだと思います。
 私は雨の日、県庁へバスに乗って通勤をしていました。バスの中でいつも一緒になる親子がいました。あんまりかわいらしいので、その親子の姿をよく見てたんですが、あるときからあることに気がついて不安になったんです。
 若いお母さんが1歳ぐらいの男の子を抱っこして、3歳ぐらいの女の子を連れてバスに乗っている。いつも雨降りの日、一緒になるんです。見ていると3歳ぐらいの女の子がお母さんにお話をし続けるんです。ところが、お母さんはおそらく仕事もある。家事もある。膝には1歳ぐらいの男の子も抱えている。だから、もう朝から疲労困憊(こんぱい)しているんでしょう。女の子がどんなにかわいい声で、どんなに長い時間話しかけても笑顔も見せてやらない。振り返りもしない、相づちも打ってやらなかったんです。それが降りるまでずっと続くんです。
 そのことに気がついてから、ものすごく不安になったんです。あの女の子のお母さんに対する信頼はどんなに話を聞いてくれなくても、3歳から6歳ごろまでは大丈夫だと思うんです。しかし、それを過ぎると、その女の子が意識するとしないに関わらず女の子の心の中にあきらめが生じるんです。
 もし、お母さんとは私の話を聞いてくれないものなんだという認識が、その女の子の心の中に生まれたら、それが思春期に吹き出したり、中学校になって吹き出したり、高校になって吹き出したり、社会人になってから吹き出したりするわけです。そのときには、もう取り返しがつきません。私の家庭がそういう状態ですから分かるんです。
 親として一番大事なことは、子どもさんのお話を何を置いてもしっかり聞いてあげることです。人生にそれより大事な時間はないと、若いお父さんお母さんには考えてほしい。それが親子の信頼関係を築く基盤になる。そして親子の信頼関係が他者との信頼関係を築くベースになって、それがあって初めて子どもたちは社会の中で幸せに生きていけると思います。
 さて、学校では何をしたらいいかということです。これも結構難しい問題です。まず、非常に大事なことは、今の世の中のように、学校だけに教育の責任を丸投げしている限りは学校は良くならないということです。強制収容所にならざるを得ないと思います。
 しかし、学校にできることが、もうないのかといえば、私はまだあると思っています。学校は今、学力の問題、いじめや不登校の問題、非行の問題、学級崩壊、学校崩壊の問題など、たくさんの課題を抱えてうめいています。
 学力対策では学力問題は解決できない。不登校対策では不登校問題は解決できない。いじめ対策ではいじめ問題は解決できない。どうやったらいいのか。
 教育課題を解決しようとするときは、教育の本質から解決の道筋を読み解くことが大事だと私は思っています。問題を解決する道筋を制度とか法律とか管理とかの視点で万事を丸く収めるということではなくて、一人一人の子どもの幸せとは何かというところから考えるということです。これが教育の本質から問題解決の道を読み解くことなんです。
 一人一人の子どもの幸せとは何かを考える。この視点で考えると展望は開けると私は思っています。ここに人権教育の意味があると思うんです。私の小さな弱い人を守るという教育哲学の根拠もここにあるわけです。
 教育の本質から読み解いた学校教育の改善は、今の私の研究の段階では三つの経営改善に収れんされると考えています。
 一つは教科経営の改善です。高知県でも「土佐の教育改革」のときにやることはやったんですが、うまくいきませんでした。良い授業を子どもたちにするということは、もう教育の基本中の基本です。良い授業をやりましょう。授業の改善に取り組みましょう。という、全県的な運動を展開したんですが失敗しました。
 なぜうまくいかなったかを考えると、良い授業とはどういう授業かということを教育委員会が理論的根拠をしっかり持って現場の皆さんに提示することができなかったからだと思うんです。だから、私に一番大きな責任があると思います。
 今、私はようやく良い授業というものをイメージできるようになったんです。学校を訪問して、たくさんの授業を見た結果、立派な先生が教壇を降りて、にこやかな表情で子どもたちを見渡しながら、大きな声で分かりやすくはきはきと説明をするような授業が良い授業ではないのです。
 ここが大事なところです。それは授業の主人公は先生でなくて生徒なんです。だから、生徒の視点で良い授業を見ていかないといけないんです。生徒の視点で見ていく良い授業とは、今日の授業に私は参加することができた。私は誰それ君と助け合うことができた。教えてもらえた、教えてあげられた。きょうの授業の中で、私は漢字はこういうふうにしてできているのかということを発見した。こういう授業です。子どもたちが参加する意識が持てる、助け合う場面がある、発見する場面がある。こういう授業が良い授業なんです。朗々とよく通る声で先生が説明する授業が良い授業ではないと、私は今考えています。
 こういう授業を目指して教科経営をするとすれば、つまり教員が主人公でなくて、子どもたちが主人公である教科経営の改善に取り組むときの原動力は人権教育なんです。
 二つ目の経営改善は学級経営の改善です。これが最大の鍵だと思うんです。いじめや不登校の問題はもちろん、学級経営が決定的な鍵を握っていると思うんですが、学力問題も実は学級経営に鍵があると思っています。
学級経営の改善に取り組むことは非常に難しい問題を実は抱えています。ここにも人権教育でなければできない出番があります。それは何かというと、学級経営は教師の価値観、人権感覚に左右されるということです。
先生方が日常の教育活動の中で、おうちがもうすさまじい貧乏な状態にあるA君のこと。勉強の分かりがどうしても他の子どもたちよりも遅れてしまうB君のこと。体や心に障害を持っているC君のこと。
 A君、B君、C君をいつも心にかけている。心の隅に置いている先生が日常の教育活動に当たっていれば、それは先生の影響力というのはやせても枯れても決定的に大きいです。親よりも大きいです。必ず子どもたちはA君、B君、C君を先生と同じように心にかけるようになるんです。つまり、A君、B君、C君をみんなで守る。そういう学級ができるときに、いじめも不登校も学力の問題も学級、学校崩壊の問題も解決できるんです。
 この先生の価値観、人権感覚を養うのは人権教育しかないと思うんです。二つ目の経営改善が学級経営の改善。これが命運を決めると思います。
 三つ目の経営改善が学校経営の改善です。これも「土佐の教育改革」でやったんです。開かれた学校づくりというテーマでやりましたが見事に失敗しました。学校は閉ざされたままだった。みんな教育委員会に言われて渋々開いたふりはしたんですが、本質的には開かれなかった。これも教育委員会のミスリードにあったと反省をしています。
 学校経営の改善の鍵はどういうことかというと、担任の先生が問題が起こって1人で悩む、養護教諭の先生が1人で悩む、校長先生が1人で悩む、あるいは事務員さん、用務員さんが1人で悩むというのが今の学校の現状だと思うんです。これを無くさないといけないと思うんです。
 用務員さんの悩み、担任の先生の悩みを学校全体で職員が共有しないといけないと思うんです。そして、できれば子どもたちの力も借りる。保護者の力も借りる。地域住民の皆さんの力も借りながら、みんなで悩んで問題を解決するにはどうしたらいいかということを考える。このプロセスが学校経営の中に確立される。このことが決定的に重要なことだと思います。こういうプロセスが経営の中に取りこまれることを学校が開かれるというのです。
 家庭や地域の教育力の崩壊という中で、学校が一人頑張れというのは私も言いにくいです。しかし、まだ学校が頑張れる余地はこの三つの経営改善に取り組めばあると思います。
そしておまけに、少し余談を話せば、この三つの経営改善にはみそがあるんです。それは全部やらなくて良いということです。どれか一つの経営改善を徹底的にやれば、おのずから三つとも良くなるということです。
 これは実際に私も経験をしました。それは高知県で唯一授業改善に成功した、高知市内にある600人規模の小学校があり、この学校を2回訪問しました。どこに鍵があったかということを探したんです。
校長先生は女性の校長先生。あまり先に立って先生方をバリバリ指揮するような方ではなかった。非常に謙虚で口べたなんです。この学校で授業改善が成功したんです。
 学校がどうなったかというと、全校的に授業改善運動に取り組んだ結果、先生方が元気で仲良くなった。それにつれて子どもたちも元気で仲良くなった。授業の改善が進んだから、当然学力は向上した。ここまでなら、私はそれ程感動しなかったんです。
 この次の段階があったんです。このとき教育の本質が分かった気がしました。600人規模の小学校で不登校がほぼなくなってしまったんです。つまり、不登校問題は不登校対策で解決したんじゃないんです。学力向上のために取り組んだ授業改善運動によって不登校問題が解決したんです。このときに、私は3つの経営改善の着想を初めて得たんです。
 今、学校は非常に苦しい状況にあるけれども、なお学校に頑張れる希望があるということを申しあげておきたいと思います。
 さて、子どもの人権をどうやって守るか。家庭ではどうするか。学校ではどうするか。というお話をしました。最後に、地域社会はどうするかという話です。
 教育の責任は地域社会全体で背負わないといけないということを冒頭に申しあげました。しかし、地域社会が教育の責任を背負えなくなってしまった。その背景についても申しあげたとおりです。この社会的背景を押し戻すということは、もう私たちの手に負えないテーマです。すごく政治的なテーマになってしまいます。
 そうすると、残されたそれ以外の方法で地域社会の責任をどう果たすかということを考えないといけないと思うんです。今、私がいくつか考えていることを着想だけお話します。
 一つは、心のつながりのある地域社会を再構築するという、誰も答えられない難問に少しだけ答えてみたいと思うんです。
 例えば,一次産業の再生の道を考えるということです。一次産業を再生すれば人々は助け合うようになる。農業という産業も、漁業という産業もみんなで助け合わないと成り立たない産業です。だから、いや応なく人々は助け合うようになるんです。だから、一次産業の再生の道を考えるというのが一つあると思います。
 それから、もう一つ。今度は、新しい心のつながりの在り方が構想できないかということを考えます。例えば、学校を核にして地域の人々がつながりを持つ場所ができないだろうか。コミュニティーができないだろうかということを考えます。それからまた、私がやっていることにやや近いんですが、社会的弱者、障害を持っている方々を支えるような活動を核にしたコミュニティーがつくれないだろうか。これは実際に高知県にも幾つか共同作業所というような形で活動を元気にやっているところがあります。
「たんぽぽ教育研究所」も精神障害の青年とか、それからさっきのひきこもりの青年なんかが居場所として使ってくれています。こういうところを核にして、それを支える市民の皆さんがぽつりぽつりとやって来る。こういうコミュニティーがつくれないだろうかということを二番目に考えています。
 そして三番目に考えていることは、一人一人の生き方が地域社会をもしかしたら変える力になるのではないかということです。私にできることは、もう本当に何もないんです。お金もない、影響力もない。そういう中で自分にできることは何かというと、今、飛び込んできた困り果てているお母さんを一生懸命励ますことだけなんです。
この間も、心に葛藤をたくさん抱えたお母さんが必死の思いで飛び込んできました。私の携帯電話が2回鳴ったんです。2回鳴ってすぐ切れたんです。気になってその電話にかけ直したら、そのお母さんだったんです。やっとの思いでかけたけど、2回鳴らしたら、もうそれ以上鳴らせなくて切られたんです。そのお母さんが来てくれておりました。
今、目の前で困っている人がいたら、その人に自分にできる形で手を差し伸べることはできるのではないかと思います。そして、小さな個人の生き方を変えることから社会の在り方を考えていく展望が開けるのではないかと思います。
私らが若いころはまだ労働運動や社会運動が盛んな力を持っている時代だった。しかし、ことごとく敗れ去った。それはどうしてかというと、人の意識を変えようという傲慢(ごうまん)さを持っていたからだと、私は今思うんです。だから、これからは人の意識を変えようということではなくて、自分自身の意識を変える。自分自身の生き方を変える努力をまずしていくことが良いのではないかと思っています。
地域社会の教育力の回復というのは、もう限りなく難しいテーマです。だから、まだ私は完全なお答えを皆さんにお話しすることはできないんですけど、取りあえず今こんなことを考えています。
 さて、最後に残る時間でお話をしたいことは、人と人との信頼関係が子どもたちに生きる力を育てる基盤であるということです。これが子どもの人権の基盤でもあると思うんです。これには、裏付けのデータが1つあるんです。それは不登校の子どもたちの高校定着率に関するデータを高知市の教育研究所の先生がお調べになったんです。
30か40のケースを徹底的に調べ上げて分かったことは何かというと、中学校で学校に行けなかった子どもたちも、高校にはほとんどの子どもが行きたいという希望を持って入学していきます。
そこで2つに分かれるんです。コロッと元気になって高校に行ける子どもさんと、やっぱり何日か行ったり、連休の5月まで行ったり、1学期だけ行って行けなくなる子どもさんに分かれるんです。調査結果によると、その分かれ目は中学校のときに学校に行けなくても学校の担任の先生とか、学校との関係が良かった子どもたちは高校に定着できるというものです。逆に学校との関係が悪かった子どもたちは残念ながら高校に定着できないという明白な結果が出たんです。
これを見ても分かるように、人と人との信頼関係が子どもたちの生きる力の基盤になるということを、私たちは大切にしながら、教育というものを考えていきたいと思います。親と子、子ども同士、教師と生徒、大人と子ども。誰かとの信頼関係を子どもたちが結ぶことができたら、それが子どもたちを最後に支える柱になると思うんです。そういう良い人間関係を結んでいく努力を、私たちはどの子どもたちとも分け隔てなくやっていかないといけないと思います。
 私は冒頭に申し上げたように人付き合いが非常に下手です。不器用です。良い人間関係を結ぶために私はどうしているかということを最後に申し上げると、私自身が自分の人生をいかに心豊かに生きるかということが、人と良い関係を結ぶ上ですごく大事だということを私は感じてます。
人生を心豊かに生きるには、日常生活の周辺に小さな喜びを見つけるということです。これは、どんなに不器用な人、人付き合いの下手な人、口べたな人、孤独な人、弱い人間にもできます。小さなものを愛する好奇心を持っていると人間は孤独に耐えられます。それから、そういうものを持っていると優しい人を見つけることができます。
私は、よく裁判所の前を通ります。裁判所の庭にはたくさんの雑草が生えているんです。その雑草の中に、私の好きなチョウセンアヤメとかタチツボスミレとか、これは食用にもなるノビルとかいう野草があるんです。私はそういうことを喜びながら裁判所の前をいつも歩くんです。そういう喜びを持って、「あっ、あのスミレがまだ生きている。あのチョウセンアヤメがまだ生きてる。あのノビルがまだ繁殖している。」ということを感じながら生活をすると、人は孤独に耐えられる。
私はいつも大きな悲しみを、わが子を救ってやれなかったという悲しみを抱えているけれども、その悲しみを少し慰める喜びを感じられます。
 もう一つは、自分の心の痛みを通じて人の心の痛みを知る想像力を持つということです。この想像力を持っていると、人は優しい人と出会えるということです。優しい人と出会って、優しい人と友達になれると、生きていく勇気がわいてきます。
私は今ほぼ絶望的なお先真っ暗な状態です。子どもの病気のために、お金も使い果たしました。貯金がありません。私の年金だけで家族4人が生活をしています。私が死んだら、私の家族はどうなるかと思うと、本当に暗たんたる気持ちになるんです。でも、私の周辺にそういう私の状況を知ってくれていて、私を精神的に支えてくれる人がどっさり現れるようになったんです。
それはどうしてかというと、小さなものを愛する好奇心と人の心の痛みに思いを寄せる想像力。この2つを私が持っているからだというふうに思うんです。だから、私はそういうたくさんの人に支えていただいて、「たんぽぽ教育研究所」で今とても幸せな晩年を過ごしています。こんなに不幸なのに、こんなに幸福でいいんだろうかと私は思っています。 
もし、高知に皆さんが足を運ばれる機会がありましたら、高知市のど真ん中、はりまや橋の交差点のすぐ近くですので、「たんぽぽ教育研究所」にお寄りください。
どうしてこの場所に研究所ができたかということをついでにお話します。明るい窓があって、植物がたくさんあって、きれいな音楽、ショパンとかモーツァルトとかが流れている。おいしいコーヒーがある。こんな場所を私が探しているということを伝え聞いて、清掃会社の社長さんが、ある日、「大崎さん、うちの4階の部屋が空きました。いるものは全部用意しますから来てください」とメールをくれたんです。本当にうれしかったです。
行ってみたら、広い立派な日当たりのいい素晴らしいお部屋でした。自分が小さなものを愛する好奇心、人の心の痛みに思いを寄せる想像力を持っていたおかげで、この社長さんのお力をいただくことができたというふうに思います。
ここを拠点にして、新しい地域社会、コミュニティー、温かい心でつながるコミュニティーを作っていきたい。そのことによって教育を支えていきたい。そのことによって世界中のすべての子どもたちが今幸せになれるように。本当にささやかな力ですけど力を尽くしていきたいと思っています。
 今日は、ご清聴いただき本当にありがとうございました。
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