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コニヤンの遺言



「子どもの心に寄り添うということ」



 「子どもの心に寄り添う」ということをいろんなことで聴くことがあります。

教育相談に携わっているスタッフならば、そのことからさまざまな子どもとの場面をイメージするのではないでしょうか。

 最近、ある中学校の担任の先生から電話をいただきました。

「Aくん、今日は初めて自転車で登校しましたよ。すごいですね。今学期はね、始業式から1日おきくらいに来れていますよ。」と。

「そうですか。よく学校に行こうと決意したものですね。あんなに学校を嫌っていたのに。なんか言っていましたか。」と私。

「おばあさんが言っていましたけど、亡くなったお母さんと約束をしていたみたいですよ。二年生になったら学校に行くからねと・・・。」

「その話は初めて聴きました。そうだったんですか。私は、またお父さんや周りから無理やり行けと言われたからかなと思っていたんですが、そんな想いがあったんですね。」

「それを聴いてね、私は涙が出たんですよ。いじらしいじゃないですか。

学校ではまだまだしんどいんですが、修学旅行も5月の連休明けにあるんで、なんとか参加できるようにしたいと思っています。」

 担任の先生からの電話に私は思わず涙ぐみました。

 Aくんは、そんなことは決して私には語らない子どもなのです。

 昨年の9月から私の所にも1日も来ずに、自宅で末期のガンで苦しんでいた母の体を拭いたり、

お風呂にも入れたりして看病しながら、そうした母との最期の時間を共有していた彼が、

母との約束を守り、二年生の新学期から登校してみようと決意したのです。

 その話を聴いたときに、私は一体今まで彼の何を理解していたのかとつくづくと自分自身のふがいなさを感じたことでした。

 と同時に、私は、その担任の先生のあたたかいまなざしと想いを共有することができたことをすごくうれしく思ったのです。

 私たちは、「子どもの心に寄り添う」ということをいとも簡単に言います。

でも、本当は、形だけの寄り添いだけで、実際には大したことはできていないかもしれないのですね。

 あくまで、今回のことも本人から聞いたことではなくて、担任がおばあさんから聞いたことだけで、担任と私の間で共有しているだけなのかもしれません。

 それは、私たちだけの勝手な「物語」なのかもしれないのです。

 でも、

[そのような物語を子どもの理解の柱としてもつことは、私たち支援する大人にとって子どもの心に寄り添い、その子どもの成長を支えるエネルギー源として外せないものではないでしょうか。]

 ほんとうにそう思ったのです。

 上記のカギカッコの文章は、吉本恭子班長から紹介された「児童心理」(金子書房)の5月号に掲載されていた

島根大学教授の岩宮恵子さんの論文

【「子どもの心に寄り添う」とは】

の最後の三行の文章を今回の私のケースにあてはめて書き直したものです。
 
 私は、その文章を読んだ時に、すぐにAくんのことをイメージしたのです。

「子どもの心に寄り添う」というのは、さまざまな段階があるということなのです。

 そして、岩宮先生は、「寄り添うことは大事業」であるとも書かれています。

 私たちの今年度の研究テーマは、「子どもの自分づくりと学校・社会とのつながりを支える支援のあり方・・・日常場面でのカウンセリングを生かした取り組み・・・」です。

 まさに「子どもの心に寄り添う」とは、が問われています。

 そんな大切なことを教えられた文章でした。             

 ああ有情。

 (文責:こにしゆたか/2011.4.19早朝・初稿・記/2012.12.18早朝・加筆)
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