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子ども達が教育の危機の時代を生きる時、私達は何ができるか

<講演>・斉藤裕子先生のすごみ
  ――子どもたちが教育の危機の時代を生きる時,私達は何ができるか――

                    大崎博澄  高知・たんぽぽ教育研究所
                        (編集/牛山尚也)
2012.11.10 斉藤裕子さんの授業をまるごと学ぶ会(豊橋)

 ●段取りがくるってしまいました
 高知から来ました大崎と申します。不登校の子どもさんや発達障害・精神障害・引きこもりの青年の支援をする 「たんぽぽ教育研究所」を主宰しています。
 お嬢さんの萌木さんからハガキで,「斉藤先生の授業をみる会」のご案内をいただいて,何とかいけそうな日程が昨日今日でした。でも,昨日は病気の子どもの通院に付き添う日に当たっていて,斉藤先生の授業が見られなかったのが本当に残念、申し訳なかったんですが,今日は朝一番の列車に乗って、はるばるなんとか間に合いました。
 「お話を‥‥」と岡林先生から言われていましたので,そのつもりで準備をですね‥‥,ボクは入念に準備をしないとお話ができないので(笑),入念に準備をして,それから今日は新幹線の中で3回ぐらいシミュレーションもして来たんですが(笑),3人の先生のお話を聞いていて,「とてもこんなレベルのお話は,ボクはようせんなぁ」と、ちょっとショックを受けまして,ボクのお話の段取りが全然狂ってしまいました(笑)。というほど,河野先生・岡林先生・上高原先生のお話がそれぞれすばらしかったですね。

 ●切り崩されてしまった「人々の心のきずな」
 「たんぽぽ教育研究所」は私設・ボランティアの相談所・居場所なのですが,年間におおよそ500~600人以上の皆さんが訪ねてくれます。その8割がたが不登校ですね。それから,障害や引きこもり、いじめ、体罰などのご相談です。
 21世紀という時代は「新自由主義」という,耳ざわりはいいんですけど,社会的に弱い立場にある人の自由を強い者がとことん抑圧する自由が横行する,そういう,子ども達の健やかな成長にとってはものすごく危険な時代だと思います。それが「たんぽぽ」のような名もない相談所に,たくさんの子どもたちや大人たちが悩みを抱えてやってくる原因だろうとボクは思っています。
 「新自由主義」がなぜいけないかというと,悪いことをしようが何をしようが,モラルもルールも無しで、力の強い者が勝ち、という考え方だからです。だから,ものすごく過酷な競争が世の中全体で行われている。その結果,経済的な格差も広がって,生活が破壊されるような子ども達が日本国中でたくさん生まれている。
 じつはボクは,「貧乏というものは,子どもたちに致命傷は与えない」と思うんですね。ボク自身がその実例ですね。ボクは生活保護家庭に育ちました。ボクの少年時代、これはなかなかすさまじい暮らしなんですけど,ただそのことによって自分が生きる上で致命的な傷を負ったとは思わない。むしろ,「貧しさはボクの生きる力になった」とさえ思うんです。
 ところが,今の経済格差の拡大や子ども達の生活環境の破壊は,別の意味の致命傷を子ども達に与えつつあると思うんですね。
 学校に行けないままに家に引きこもって,30代後半になって,まったく生きることの意味も希望もつかめないままで,じつはボクの子どももそういう生活をしているんですが,ボクの子どもだけではなくて,そういう人が今たくさんいます。増えています。
 そこから見えてくる,<経済的な格差がもたらした,子どもたちが育つ上での非常に大きな弊害>は,<人々の心のきずな>を壊してしまったということですね。これは子ども達の致命傷になります。
 最近はブータンがもてはやされていますけど,ブータンは小規模の農業が基幹産業の国だから,<人々の心のきずな>というものが自然に、否応なく成立する産業構造になっているんですね。これは,1950年代以前の日本も同じだったんです。
 ボクが生まれたころ,あるいはボクが小学生だったころのボクの古里では,みんなが、ほぼ等しく貧乏だったので,人々はごく自然に助け合って、支え合って生活したんですね。子育ても助け合ってしていたんですね。
 大崎さんが大崎さんの家の子どもだけの面倒をみるんじゃなくて,山本さんの家の子どもの面倒も,斉藤さんの家の子どもの面倒もみる。こういう育ち方をボクはしたんですね。ご近所のおじさん・おばさんに,ボクがもともと非常に心の優しいいい子だったということもあるんですけど(笑),ものすごくかわいがってもらいました。そのおかげで,ボクは貧しいけれど心は健やかに育つことができたと思うんです。
 しかし,現在はこの心のきずなが途切れてしまって,子ども達はそういう育ち方ができないような時代に突入してしまったというふうにボクは思います。

 ●教育の責任が学校に丸投げされている
 地域社会が子どもを育てられなくなった結果,どういうことが起こったかというと,<教育の責任が学校に丸投げされてしまっている>と思うんですね。
 教育の責任が学校に丸投げされてしまうと,何が起こるか。学校は子ども達を育てることよりも、管理する、言うことを聞かせる、おりこうさんを作ることに熱心になります。世間から非難されないために。
 愛知県のことは知りませんが,たんぽぽに持ち込まれる実例をいくつか言いますと,たとえばこの教室のイスが,帰るときにきちんとこの机の下に収まっているかどうか,角度がちょっとでもずれていたり,斜めになっていたりすると,徹底的に先生がご指導になる。その結果,ある子どもはそれに対応できるから,それほど大きな被害は受けないんですけど,ある子どもはそれに対応できないから,理由なく先生に毎日毎日同じことで叱られる。当然,その先生が嫌いになる。学校に行くのがイヤになるという構図が出来上がりますね。
 それから,今度は学校へ行けなくなった時にどうなるかというと,親は当然最初に学校に相談します。これも実話ですけど,「うちの子どもが自分の部屋に閉じこもって,カギをかけています」という相談を学校にしたら,「ああ,おかあさん,大丈夫ですよ。私が行って,カギをぶちこわして連れて来ます」と,こう言われたというんですね。お母さんは狼狽して,ボクのところに電話して来ました。そんな信じられないようなことが平気で行われているんですね。
 実は,この話はそれだけで終わらない。泣き叫ぶ子どもを無理やり学校に連れて来た先生は,今度は学校でカギのかかる部屋へその子どもさんを放り込んで,何時間も泣かせっぱなしにしておくという,本当に信じられないようなことが行われている。
 これ,ボクは学校だけを責めるつもりは全然ないんですね。何か事が起こると,全部学校が批判の矢面に立たされる。だから,学校は過剰に子どもたちを管理して,<一糸乱れぬ生活を子ども達にしてもらわないともたない>という状況に追い込まれているので,そこで徹底的に子どもを管理するようになってしまったと思います。
 子ども達がそういう非常に大きな犠牲を払って育たないといけないのが,残念ながら21世紀というつらい時代ですね。

 ●戦友斉藤裕子のすごみ(・・・)
 斉藤先生にボクが学んだものは,こういう最悪の教育環境──家庭が子どもを育てる力も,社会が子どもを育てる力もほぼ崩壊状態になって,学校だけに教育の責任が丸投げされて,その結果,学校はほとんど刑務所や軍隊と同じように子どもたちを右へならえで管理する場所に変わってしまった。
 こういう最悪の教育環境の中で,教師にできることは何かあるのか。「この絶体絶命の問いに答えを出されたのが斉藤先生だ」というふうにボクは思っています。これは,今3人の先生方がお話をしてくださったことに尽きると思いますね。
 ボクは現職のころ教育委員会にいたんですけど,その時に取り組んだ「土佐の教育改革」の掲げたメインテーマの取組みが「授業を改善していこうではないか」という運動でした。これ,膨大なおカネと時間をかけてやったんですが,結果的には全面的に失敗に終わったですね。成功した例はほとんどなかった。なぜ成功しなかったか。
 ボクは10年前,仮説の40周年の会のときに豊橋で,斉藤先生の授業を一度見ていたんですね。でもそのころは,ボクはまだ「良い授業とはどういう授業か」ということがわかってなかったと思います。ボクが「良い授業とはどういう授業か」ということに理論的に確信が持てるようになったのは,本当にこの2~3年のことだと思いますね。
 にこやかな表情の元気な先生が教壇から下りてきて,子どもたちの机の間を回って,大きな声で分りやすく説明をして,的確に質問を投げかけて,子どもたちが元気よく答えて,一連の授業が筋書きどおりに運んで,めでたしめでたし──こういう授業が良い授業だと,おそらくこれは校長先生から保護者から,日本国の政治家までみんなそう思っているだろうと思うんですね。
 そこでは<どうしても算数のここのところが乗り越えられないとか,いろんな苦手なところをもっている子どもたちが置き去りにされている>ということは、ほとんど認識されていないんだろう,と思うんですね。
 どんな問題を抱えている子どものどこに焦点をしぼって教えるか、ということを瞬時に子どもたちの状態からつかんで,その子どもに焦点を当てて授業をやっていくということが,河野さんの報告の中にあったと思うんですけども,そういう考え方は,今の日本の国には、ほぼ、無いんじゃないかなというふうに思います。
 最近聞く,とくに中学校の管理のすさまじさは、本当にもう戦慄を覚えるような気がします。そういうものでない良い授業が,まだ教師にできるということを,斉藤先生は30年の実践で証明された。このことに、できれば「国民栄誉賞」を与えたいとボクは思うんですね(笑)。でもたぶん,そういうことにならないだろうと思いますけどね。
 10年前のあの豊橋での授業,斉藤先生はほとんど表に立たれなかったですね。子ども達が元気よく,たしか秤の上に乗っていろいろと力みかえったりしてパフォーマンスをしていたと思うんですけどね。あの授業の意味が10年たってようやく分ったと,ボクもそこへやっとたどり着いたかなというふうに思います。
 「戦友」というふうに,ボクはこの間、書かせてもらったんです。あえて「戦友」と言わせてもらうのはちょっと失礼かもしれないんですけども,<戦友斉藤裕子のすごみ>はそこにあると思うんですね。出世という希望にかけずに,子どもという希望にかける生涯を送られた。それをボクなんかの場合は少し力んでやるんですけど,斉藤先生は自然に淡々と、平気な顔をしてやってしまわれる。そのことにボクはすごみを感じます。これはもちろん良い意味のすごみです。

 ●新しいコミュニティを創造する仮説実験
 <子どもたちが教育の危機の時代を生きる時,私達は何ができるか>ということを、最後にお話ししておこうと思うんですけどね。
<教育の最終責任は共同体=コミュニティにある>とボクは思うんですね。人間はオオカミといっしょで,群れになって生活をしないと生きていかれない生き物。どんなに文明が進んだって,独りでは生きていけない生き物なんですよね。助け合って生きていかないといけない。
 だから,助け合って生きていくためには,コミュニティを支えることができる人間を育てないといけない。しかし,今や心のきずながまったく壊れてしまって,日本の国にはコミュニティというものがなくなりましたね。人々はたしかに隣り合って,軒を連ねて住んでいるけれども,そこに人々の心のきずな、コミュニティはなくってしまった。
 大崎さんの家では貧乏で栄養が足りないから、ボクのお兄さん・お姉さんが次々と結核で死んでいった。お葬式が出せない。その時に、ご近所の人達が何の問題もなくごく自然に集まって葬式を出してくれる──こういうようなコミュニティは,小規模の農業を基幹産業とする社会では自然にできるんですね。ブータンはその例なんですよ。日本にもそれがかつてはあった。
 「もう一回,あの時代に戻ってほしい」とボクは願っているんですけども,これには日本国民のおそらく誰一人として同意してくれないだろうと思います。
そうすると,どうしたらいいか。市民が主体的にもういっぺん<今までと違う,小規模の農業という産業に基盤をおかない,市民の主体的な意思による市民のための新しいコミュニティ>を作らないといけないだろうというふうに思っています。
 たんぽぽ教育研究所は3年を経過しましたけど,奇跡的に一文の収入も無いのに元気に今も活動ができています。いろいろな市民が自発的に様々な形で支えてくださる。
ある方はお花を、ある方はお菓子を、ある方は小さな貯金箱を、ある方はお煮しめを持って来てくれます。ある方はボランティアのスタッフを買って出てくれます。
これは非常におおいなる仮説実験ではないかとボクは思っています。もしこれがうまくいったら,この方式を全国に広げていけばいいわけですのでね。
 でも同じような実験は,じつは日本のあちこちでいろんな分野で,さまざまなボランティア活動とかさまざまな地域おこし活動の中でも行われていますから,<そういう小さな新しいコミュニティを積み重ねて,もう一回子ども達を社会の力で育てられるような世の中を作ることができないか>というのは,あと5年か10年しか生きないだろうと思って,なおしかし,「そういう世の中を作っていきたい」という情熱を燃やしている大崎さんの仮説実験だというふうに思っています。

●最後に,詩集『人生の扉は一つじゃない』
 今日,この学校に入って来た時に「大崎さん、セールスマンみたいな感じ‥‥」とどなたかに言われたんですが,このごろボクは本当にセールスマンになっていて,今日もカバンの中にボクの新しい詩集『人生の扉は一つじゃない』を持って来ています。大崎さんがそう,息子の不登校が始まってから25~26年かけて、やっとたどりついた哲学が書き込まれた詩集です。
 ボクはたくさんの哲学書や詩集を読んでいますが,自分の詩集を300回ぐらい読み直してみて,「オレの哲学・オレの詩よりも立派な哲学書・詩集は,日本ではまだできていない」(笑)と公平な目で思いますから,買う価値はあると思います。
 ただ,心に一抹の哀しみや寂しさのない人,つまり,今もう幸せでたまらない,新しい恋人ができた,新しい不倫の相手ができた,最近出世した,宝くじが当たったとかいう人は全然買う必要はありません(笑)。何の役にも立ちませんのでね。ただちょっと寂しいものがある,哀しいものがあるという人には,もしかしたら役に立つかもしれないので買ってください。そうすると,ボクの帰りの荷物が少し軽くなります(笑)。
 ありがとうございました。(拍手)

  ★編集後記
 今年度いっぱいで退職になる斉藤裕子さんの「授業をみる会」も,これが3回目。ボクも行きたいと思っても,今の学校ではスクーリングがあると,金曜日にお休みして研究会に出かけていくことがむずかしい現状です。でも,この週はスクーリングがなくて,さらに〈大崎さんがやってくる〉という情報。「よーし,これは行くぞぉ」と楽しみにしていました。
 9日の裕子さんの授業は,《力と運動》の第1時間目。「物体をすべすべの机の上で,水平に動かすにはどれほどの力がいるか」という〔問題1〕です。「物体の重さが机にかかっているから,それよりも大きな力を加えないと動かない」という意見に対して,「《ばねと力》の授業で勉強したように,物体の重さは机が押し返してプラマイ0になっているから,もっと小さな力で動く」という反論が出ると,それに対してまた,「ボクらは去年,斉藤先生に《ばねと力》を教えてもらってないし‥‥」。そんな討論がもりあがって,「やっぱり小学生っていいなぁ。かわいいなぁ」としみじみ思いました。
 学校というところで,子どもたちのイジメ・自殺・暴力・不登校などなど,子どもたちが笑顔でいられないできごとを見聞きするにつけ,「安心して笑顔でいられる教室」の大切さを痛感します。心を開いて信頼できる大人との温かい時間,そして「学ぶことは本当にたのしいことだ」という科学・学問に対する信頼感──それは子どもたちの人生に決定的な影響力を持つのではないか。「教育の持つ力」というものを思わざるをえません。できれば,人生の早い時期にたっぷりとそんな中で過ごしてほしいと思います。裕子さんの教室はまさにそんな空間でした。
 10月12~15日の「親子スクーリング」の2日目に,親御さんとの懇談会がありました。親御さん一人ひとりから自己紹介とともに,子どもさんのさまざまな経緯をお話しいただけたあとに,犬塚校長が大崎さんの『子どもという希望』(キリン館)を配って,その中の「白花ゲンノショーコ」を紹介しました。思わず「ボクが読みます」と,牛山が朗読させてもらいました。
 このお話は,大崎さんのエッセーの中でボクが一番好きなお話です。
「今,さまざまな人生のハードルの前で行きなずむ子どもたちに伝えたい。信頼のできる先生は必ずいる。その先生を見つけて心を開こう。君は昨日までと違う自分に出会えるだろう。
 先生方にお願いしたい。子どもたちは真実を見抜く目をもってあなた方の一挙一動を見守っている。信頼を寄せられる先生,安心して心を開くことができる先生が現れることを心から待っている。どうかその期待に応えてやってほしい」
 ここを読むたびに,なぜか猛烈に感動して涙を抑えることができないのです。この日も思わず泣いてしまいました。「教育によって,小さな幸せをもっともっと増やすことができる」,そう思います。
(2012.11.24) 牛山尚也
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