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その名は十四郎!

野いちごの場所で・22・その名は十四郎!

 日曜市をひと巡りしての帰り、市の西の外れに近い骨董品の店などが並んでいるあたりに、お腹に赤ちゃんを宿している若い女の人が立っていた。
 足元に動物を運ぶ大きなキャリーボツクスが置いてある。何気なく覗きこんだ。子猫が一匹、ベビー毛布にくるまっていた。哺乳動物の子どもはみんなかわいいが、中でも子猫ほどかわいいものはない。灰色と黒の見事な縞模様、かしこそうな瞳が輝いている。
 父娘でしばらく観察した後、顔を見合わせたがその時は決断が付かなかった。庭の無いマンションで猫を飼うのは大変だろうな―。猫も可哀そうだなー。
 父と娘は無言のうちにそんな対話をして立ち上がり、歩き出した。歩き出したがすぐに立ち停まった。それにしても、あの縞模様は美し過ぎる。あの瞳は確かに私達の心を射抜いた。父と娘はまた無言の対話を交わして引き返した。
 若い女の人は、私達に厳しい声で言った。「大事に育ててくれますね。可愛いがってくれますね。」もし、そうでなかったら許さん、という表情をしている。美しい若い女の人の剣幕にたじろいだが、後へは引けない。「大事に育てます。」きっぱりとそう答えた。
 子猫は未知さんが愛読している「プリーチ」に登場する死神のひとりの名前をいただいて命名された。その名は十四郎!
 本人(!)もぼく達もこの名前が気に入っている。彼のかしこさ、美しさ、勇敢さ、獰猛さ、可愛さにぴったりである。
 あの若い女の人は無事に赤ちゃんを産んだだろうか。子猫の様子をお伝えしたいが、薊野方面にお住まいというほかには、何も分からない。十四郎がぼく達の家族になって三年になる。誌上を借りて近況をご報告したい。
 ぼくの住んでいるマンションは俗に言う3LDK。十四郎の生活する空間はその中でも、12畳ほどのLDKとそれにつながっている未知さんの寝室が中心。その他の場所とはドアで隔てられているので自由には行き来できない。未知さんが自分の書斎やトイレに行く時は、何に熱中して遊んでいても脱兎のごとくすっ飛んで行って、ドアをすり抜けてついて行く。未知さんの書斎は彼の大好きな遊び場。彼の興味を惹く物がたくさんある。どんな乱暴狼藉を働いても未知さんは叱らない。
 ぼくの寝室にも十四郎は興味津々。しかし、一度、おおわるさをした前科があるので、それからは入れないことにしている。入口で神妙にぼくの用事が済むのを待っている。
 トイレにも時々侵入する。大切な人に頂いた造花を置いているが、少しずつ食いちぎられているので、また侵入したな、ということが分かる。
 南向きのベランダがあり、そこにはたくさんの植物があるので、十四郎の遊び場になるが、ベランダにペットを出してはいけない取り決めがあるので公然とは出せない。実は時々、いや、かなり頻繁に彼の求めに応じて出している。読者のみなさん、これは内緒だよ。
 十四郎の食物は、基本的にはかなり上等のペットフード。食べたいだけ食べさせている。
 十四郎の食べ物の好みは少し変わっている。刺身のけん。醤油や魚の匂いが付いている、つまり私達が食べた後の残りが好き。貧乏しているので夕食のおかずが刺身になることは滅多にないが、刺身の時は冷蔵庫から出した瞬間から彼はそわそわしている。猫なのに植物性のものが好きなのはこの子の特徴で、ベランダの鉢植えの雑草もよくかじっている。
 私達は納豆をよく食べる。食べた後の納豆のねばねばや醤油や鰹節の粉が着いた皿をなめるのも大好き。納豆の皿を見せると、それこそどこにいてもすっ飛んで来る。十四郎がきれいになめてくれるので、ぼくの洗い手間も省ける。そこで眉をひそめた貴方、人間と猫が同じ器でものを食べてはいけませんか。それを嫌だと思う方がおかしいのではありませんか。
 たんぽぽを五時に閉め、買物をして帰り、夕食の支度、明日のお弁当の準備、台所の片付け、洗濯やお風呂、十四郎はぼくの家事が一段落するのをじっと待っている。やれやれとぼくが指定席に座るのを待ちかねて、彼はまっすぐにぼくの胸に昇って来る。父と子のしばしの抱っこの時間。首の後ろや顎の下を撫でてもらうのが好き。そしてぼくの脇の下に顔を埋める。一瞬でも撫でる手を休めると顔を上げて不満顔。
 ぼくは出まかせの子守唄を歌う。「おりこのおりこの十四郎ちゃん、あなたの名前は何ですか?名前を聞いても分からない。お家を聞いても分からない。ニャンニャンニャニャン、ニャンニャンニャニャン、鳴いてばかりいる十四郎ちゃん」この唄の矛盾が分かりますか?
 まじめ人間のぼくもたまには子猫をからかいたくなる。「おりこのおりこの十四郎ちゃん。ほんとはお馬鹿な十四郎ちゃん」途端に彼は唸り声をあげて膝から降りる。ぼくが新聞を読んだり、お酒に手を伸ばしたり、抱っこに集中しない時も不機嫌になる。それどころか、虫の居所が悪いと猛然と噛みつく。後ろ足で引っ掻く。微笑ましい抱っこの時間は一瞬にして修羅場。ぼくの手足は生傷が絶えない。それでも毎日、家事が済んで一休みの時間になると、必ず十四郎はぼくの胸に掻きついて来る。
 甘えん坊なのに気性が激しい十四郎だが、狩りの腕も一流。冬、狭いマンションのベランダにも、植木鉢のクチナシの枝にミカンを刺して置くとメジロやヒヨが食べに来る。十四郎は部屋の中で気が気でない。ベランダに出すと植木鉢の陰に身を潜めて獲物を待つ。今年の正月には飛来したメジロを一瞬にして捕らえた。メジロは即死。気の毒な事をしたので、それからは注意している。
 十四郎の一番幸せな時は、未知さんにぴったりと身を寄せて眠る時。
「風の谷のナウシカ」の冒頭で、小さなキツネリスがナウシカの指に噛みつくシーンがある。ナウシカは噛ませたまま何もしないでやさしく見守る。やがて心を開いたキツネリスは傷口の血をなめる。感動の名場面だが、我が家では毎日、この名場面が再現される。寝足りて退屈した十四郎は未知さんの手や足に噛みつく。引っ掻く。未知さんはなすがまま。決して叱らない。かくて未知さんの手足にも生傷が絶えない。
 広い庭のある小さな家に住みたい。そこで十四郎に存分に草を食べさせてやりたい。チョウチョやバツタを追わせてやりたい。老人のぼくはまだそんな夢を見ている。
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