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ウンベルト・サバという詩人

ウンベルト・サバという詩人

                                                大 崎 博 澄

 人との出会いにも奇遇、奇しき縁(えにし)というものがあるように、本との出会いにも同じようなことがある。
 先年、神戸に行った時、三宮駅の近くにあるジュンク堂という大きな書店に寄った。本屋さんで本棚を渉猟するのは、ぼくの人生の最大の楽しみの一つ。
 何しろ大きな本屋なので、病的な方向音痴で田舎者のぼくは、入り口に無事に引き返せるかどうかを絶えず気にしながら、それでも心ゆくまで本の海をさまよった。
 さて、そろそろくたびれて、もう引き返し時かな、と思い始めた頃、棚の上の方に思いがけなく懐かしい人の名前を見付けた。ウンベルト・サバの詩集が日本でも出ていたのか。しかも訳者は当然のことながら須賀敦子さん。一瞬、心が躍った。

 <人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものはない>

 手に取ってぱらぱらとめくり、ぼくを初めて須賀敦子さんに引き合わせてくれた「コルシア書店の仲間たち」(文藝春秋)という単行本の帯に使われているサバの詩句を探した。買うべきか、あきらめるべきか、しばらく迷った。
 分厚い立派な詩集である。値段も高い。子どもの頃から貧乏が体の芯まで沁みついているぼくは、自分の贅沢のためにお金を使うという考え方が基本的に無い。結局あきらめて棚に戻した。
 版元も覚えていない。相次ぐ家族の病気で我が家の家計は逼迫するばかり。もうあの詩集に再会することは無いだろうと思っていた。
 ある日、未知さんと話している時、何かの拍子にひょいと、サバの詩集が日本で出ていることを口にした。彼女はパソコンに向かってカシャカシャやっていたが、たちどころに探し当ててあっさり取り寄せてくれた。こうして、ウンベルト・サバの分厚い詩集はぼくのものになった。
 98年、須賀さんが亡くなられた年の初版で、すでに七刷を重ねている。サバがイタリアでどんな評価をされている詩人か知らないが、サバの日本の読者のほとんどは須賀さんのファンであろう。
 そもそも詩というものの翻訳が可能だろうか、というのがぼくの持論。語学と文学とその両方をきわめた人でなければできない離れ業。須賀訳とは言え、ザハの詩集もかなり難解である。だが、繰り返し読んでいると、須賀さんがサバを愛した理由が少しずつ分かってきた。
 サバは哀しみの詩人ではないか、と思う。どの詩にも、静謐な哀しみが満ちている。彼はおそらく、詩よりも人生を誠実に生きることを大切にした、ぼくらと同じ質朴な庶民ではないか。

 <閉ざされた悲しみの日々に 自分を映してみる一本の道がある>

 高樹のぶ子さんが須賀敦子全集(河出文庫)の書評にこんなことを書いていた。
 「世界はやむをえぬ悲劇に満ちているけれど、そのかなしみのすべてが存在の意味を持ち、かなしみゆえに何物かを攻撃することは決してないということが信じられる」
 そう考えることができれば、ぼく達は哀しみの彼方にいくばくかの希望を垣間見ることができる。哀しみのおかげで、ほんの少しやさしくなれる。置き忘れてきたささやかな幸福もあることを思い出すことができる。
 ぼくは詩を、誰かのためにではなく、自分を励ますために書く。けれど、書かれた詩篇は、ぼくの意思に関わりなく、詩自身の意思でひらひら飛んでいき、それを偶然手に取って読んだ、何処かの誰かを励ますことがある。誰にも知られることのない、ささやかで静かな奇跡。そのささやかな出会いを、ぼくは人生の一番の幸福だと思う。
 ウンベルト・サバという詩人も、同じようなことを思っていたに違いない。
 ぼく達はこうして出会えた。奇遇は偶然ではなく必然である。

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