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ロシナンテの朝

<ロシナンテの朝>

 自動車を棄てて一ヶ月経った。お天気が気になる。気持のいい青空の見える朝は心楽しい。自転車は風を切って気持ちよく走る。騒音をたてない。排気ガスも出さない。場所もとらない。足腰の鍛錬になる。晴れた日にタンポポに通う朝は至福の時。自転車は人間の発明した文明の利器の中で唯一、自然の摂理に適うものではないかと思う。
もっとも、ぼくの住まいは近くにスーパーがなく、買い物が大変。土日は一週間分の買い物リストを用意して、万々のサニーマートへ、駅の向うのサンシャインへ、毎日屋愛宕店へ、COOP吉田へ、お菓子の材料のマルコへ、大汗かいて二往復、三往復。
 自転車に乗って分かることだが、街中の道にもかなりのアップダウンがある。急な登り坂にかかると、荒れた山道を三里、毎日自転車で往復した半世紀前の高校生時代が蘇る。まだまだオレは若い、なんだ坂こんな坂、気合が入る。
 さて、収支決算。雨の日の電車賃、タクシー代、カウンセラーの先生の所へ伺う時はレンタカーも使う。お金が飛んで行く。ガソリン代、駐車場の使用料、修理代、税金は要らなくなった。まあとんとんか。環境負荷が少なくなった分だけ、未来世代にお返しできていると考えよう。足腰の鍛錬は健康にプラスするだろう。
 想定外の難儀は、ぼくの古い自転車、今朝は一ヶ月で二度目のパンク。帰りに県庁前の修理屋さんまで押して行くしかない。そうだ。十年ほど前まで、南はりまや町で古書店、タンポポ書店を経営していた我が愛する詩人片岡千歳さんの愛車にあやかって、君をロシナンテと命名しよう。ロシナンテ、大事に乗るからね、あまり度々パンクしないでね。

打たれ弱く生きる

<打たれ弱く生きる>

 現役の頃、同僚や知人から「大崎さんは打たれ強い」とよく言われた。これはとんでもない美しい誤解。ぼくは、並外れて肝っ玉も小さい、権力には弱い、腕力は子どもの頃から、からっきしダメ。その結果、人生はほとんど打たれっ放し。ふらふら、ひょろひょろでも、生き延びざるを得なかったというだけのこと。
 ただ、ふらふら、ひょろひょろ生き延びるために、自然に身に付いた知恵、自分のための支えはみたいなものはいくつかある。これは、もしかしたら、人生の入り口で踏み迷う人達のお役に立つかもしれない。
 一つ、自分は自分、人の行く方には行かん、という偏屈な美学。劣等感のかたまりだけど、なぜかこの偏屈な美学にだけ根拠の無い自信がある。
 二つ、日陰の友を持つ。ぼくには数多くの友達はいない。敗れた時、疲れた時、嵐の荒野を独り歩く時、ぼくを忘れないでいてくれる友をほんの少し持っている。ぼくにはまだあの人が残っちょる、と思えると、独りでも生きていける。
 三つ、自分だけの、金のかからない趣味を持つ。円満橋の下のボラ、裁判所前の歩道のスミレ。市役所の前庭のネジバナ。低空飛行の人生でも、高い志を持ち続ける。ぼくの志は、困っている人を助けること、人の心の痛みに想いを寄せること。

正義のバトン

<正義のバトン>
 重要な任務の依頼が来た。根っからのまじめ人間であるぼくには、あまりに重い責任が伴う。ぼくもいい年なので、不要不急の職務はできるだけご辞退申し上げ、仕事の減量に努めているところ。ただ、今回の任務は、多数の子ども達の生活に直接関わる。責任を果たしきれないまでも、他の人にお任せするよりも、自分が務めることに意味がありそうには思う。
 さて、引き受けるべきか、引き受けざるべきか、自分の良心だけで答えを出しかねる事態に直面した。
 本当にありがたいことに、こういう時、ぼくには信頼して相談できる人がひとりだけいる。お忙しい方なので、メールでご相談した。すぐに明快な返信をいただいた。
 「こういう依頼は、体力の続く限り引き受けてください。限界が来たら、名誉職を求める人でなく、あなたの目に適う人に正義のバトンを渡してください。」
 正義のバトンを渡すために、そうか、そう考えればいいのか。財力も政治力も腕力も無いぼくにもできることがあるかもしれない。
 迷いが晴れた。ご依頼はお引き受けすることにした。またひとつ、人生を学んだ。

車を棄てる

<車を棄てる>

 ぼくの大好きな梼原町、上田真弓さんの古里に、教育に関わるささやかな任務を頂いて2年間、月2~3回、片道1時間半ほどの車通勤をしていた。梼原の町も、山里の人の心も美しいし、道中の四季折々の山の景色や、途中で買い求める農産物や山の幸も楽しみだった。
 ところが、年は取りたくないもの、梼原への所要時間を大幅に短縮してくれた高速道路を、ぼくのガタの来かけた中古の軽四で走るのが次第に怖くなった。注意力が散漫になっているのが自分でも分かる。梼原はとてもいい教育研究フィールドだったが、任務は昨年春で辞退した。
 この8月末に車検が来る。買い物、病院通い、もろもろ、年を取るほど車の必要性は高まるが、能力の衰えに伴うリスクも大きくなる。人様にご迷惑をかけたらおおごと。生活の困窮もある。運動不足もある。悩んだ末に、思い切って車を棄てることにした。
車を棄てるのは、実は人生で二度目。一度目は1986年、この頃はぼくも若かった。環境にやさしい暮らしの理想に燃えていた。短期間で理想はついえたが。今回はそんな高い志は無い。已むを得ざる悲壮な決意。
 でも、さわやかに朝の風を感じて歩き、自転車をこぎ、電車やバスに乗り、不便を楽しんでみよう。また、新しい生き方の発見があるかも知れない。今までと違う風景が見えるかも知れない。

若い友の死を悼む

<若い友の死を悼む>

 昨日の夕方、たんぽぽを訪ねてくださったお客様から、Sさんが急逝されたことを知らされた。Sさんには時々、たんぽぽのお留守番をお願いしていた。今度の金曜日も頼んでいたのだが、ほんの数日前、都合で行けませんというお電話をいただいたばかり。大丈夫ですよ、またお願いしますね、こちらは元気よく応答したけれど、思えば少し元気の無いお声だったなー。
 若い女性が、重い障害を背負って一人で生活してゆくことは大変なこと。Sさんは愚痴もこぼさず、積極的に色々な場所や人に関わり、明るくがんばっておられた。
 たんぽぽの留守番に来てくださった時、美味しいコーヒーを淹れましょう、と言うといつも「やったー」という嬉しい言葉を返してくださった。
 今朝は一人分のコーヒーを淹れ、かけがえのない若い友の死を悼む。
 Sさん、もう君は一人ではないからね。ぼくの胸の中に住んでいるからね。じいさんもおいおいそちらへ行くからね。

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